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2005年 06月 01日 ( 2 )

埃にまみれたバッグ

昔 養蚕に使っていたバラックと呼ばれる小屋が実家には3つありました。そのひとつは今はガレージとして使われていて、その他のバラックはほとんどが物置小屋となっています。ガレージの隣の小屋は農作業用の道具や肥料の置き場となっています。数年前までここにもう、使われなくなった耕耘機が荷台と共に放置してありました。

この耕耘機を引き取ってもらうことになり、荷台に積まれた物等を整理したいた時、キャンバス地の埃まみれの汚らしいバッグが荷台と運転席を分けるフレームの所にかかっていたのを見つけました。いつもそこにかかっていた訳で見つけたというのは変ですが、そのときまでほとんど気にも留めずに見ていたので、目に入っていながら意識に留まることは無かったのです。

d0000995_16432373.jpgあまりに汚いバッグだったので、私はそれをフレームからはずし、捨てようと思いました。そのとき肩にかける紐のところに名前が書いてあるのを発見しました。かなり色あせていましたが、まだ読めました。
それは亡き父の結婚前の名前でした。(父は婿養子でした。)そして住所も書いてありましたが、それはなんと父の実家の住所でした。しかもそこに書かれていた村の名前は戦後無くなり今は市となっているのでした。つまりこれは戦前のバッグ?

そう思ってみると、どこか兵隊が持っていたようなバッグのような感じもしました。
父は自分の持ち物として戦争に行ったこのバッグを大事に取っておいたのでしょうか。不思議なのは実際に父がこのバッグを使っていたという記憶はなく、このバッグをしみじみ見たのはその時が初めての気がしました。
捨てることなく父が大事に取っておいたこのバッグは、彼にとっては何か相当の思い入れでもあったのでしょうか?

捨てようと思っていたバッグでしたが、父が大事に持っていたこのバッグをわたしが引き継いで持っていようと思い、きれいに洗いました。たぶん使うことは無いでしょうが、このバッグを持っていると若いときの父といるような不思議な気がします。
by Marrrsan | 2005-06-01 16:43 | ・私的周辺雑記 | Trackback(1) | Comments(6)

オフコース 『忘れ雪』

d0000995_231309.jpgオフコースはレコードデビューした時には3人のグループでした。まだ彼らが学生時代のことで、大学を卒業するにあたりオリジナルメンバーの地主道夫は就職することを決めオフコースを抜けました。

デュオとして活動を始めた二人でしたが、全然売れませんでした。しかしふたりはあまり売れないということは気にならないことで、いい音楽を作っていればいずれは認められるというように考えていて、曲の練習などをよくしていたようです。
しかしレコード会社としては、売れなくては困ります。
さだまさしのグレープというデュオが『精霊流し』という曲をヒットさせました。
レコード会社はこれに目をつけ、同じデュオであるオフコースをグレープの2匹目のどじょうにしようと思いついたのでした。

オリジナルを作り始めていたオフコースでしたが、レコード会社は有名作曲家に曲を依頼し
この「忘れ雪」「水いらずの午後」というカップリングでシングルを出すことにしました。
気の進まなかった二人でしたがレコード会社に所属している以上、逆らうことは出来ず、このシングルのレコーディングをしたそうです。しかし、彼らはささやかな抵抗としてこの歌を決してコンサートでは歌わず、ラジオ等に出演してもなるべくこの曲はかけないようにしたとか聞いています。もちろんこれはレコード会社の怒りを買い、二人は1年半ほど干されました。

そいういういわくつきの曲で、アルバムにはもちろん入っていなかったし、わたしにとっては幻の曲で、彼らが嫌いだったにせよどんな曲か聞いてみたいという希望がありました。
80年代の初めラジオ番組がオフコースの特集をやりそのときこの曲がかかり始めて耳にしました。やはりオフコースらしい曲ではなかったですね。決して悪い曲ではないのですが。ある雑誌に『精霊流し」に似た曲とか書いてあったのを読んだことがありましたが、私は全然似てはいないと思いました。

オフコースが有名になったおかげで今はCDで3人でやっていた時の歌も(3人の時はジ・オフコースといっていた)聞けるのでファンとしてはどんな軌跡をオフコースが通ってきたのかわかるので喜ばしい。
この『忘れ雪』、リアルタイムで聞いて覚えている人っているのでしょうかね?
by Marrrsan | 2005-06-01 00:36 | ・懐古的音楽 | Trackback(1) | Comments(5)