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尺八でこの本曲を習っています。
これは簡単そうな尺八の本曲なので、これくらいはなんとか吹けるようにしたいと、否鳴らせられるようにしたいと思っています。

       
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Youtube などで検索すると外人がこの曲をうまく吹いている動画などがアップされていて、日本人である我々も負けてはいられないと思ったりします。が、負けてます、、、、、。
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このブログに6年前に書いた結城大の記事が、なんといつも私のブログ記事ランキングで上位を占めているという現象が起こっています。今でもコメントもらったりします。
案外カルト的な人気のあったアイドルだったのでしょうか。
嫁いだ妹が実家に置いて行ったレコードコレクションの中に、まだ2枚ほどレコードがあったので、ここでまた随時紹介します。
今日はこれです。   ↓
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これが結城大のデビューレコード「愛さない 愛せない」です。
妹は結城大からこのレコードにサインをしてもらったようで、このジャケットには直筆サインが書いてあります。決してこのサインはジャケットのデザインではないです。サインはかっこいいですね。
この二つ折りになっているジャケットを開くと左に結城大のプロフィール、右に歌詞が書いてあります。
そして、これが結城大のプロフィール。

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本名 佐久間貞光
生年月日 S 28・12.4
出身 宮城県石巻市

誕生日を見るとなんと私と同世代!という事は彼は今還暦!!
誕生日も私と1か月ほどしか違っていませんね。

で、今日の最後の写真はジャケットの裏、B面の歌 「愛のクライマックス」のジャケットです。
レコードを聴いてみたら、個人的にはB面の方が好きかな。
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*結城大は私の妹がファンだったので、私は詳しくは知りませんので、結城大に関する質問には残念ながら私は答えられません。
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やっとこの土地が売れそうです。いや売れましたと言ってもいいでしょう。
以前はこの土地は貸していて、借主が家を建て貸してました。でも幾年か前に更地に戻して、
返却してきました。それから何年でしょう、ずうっと売地の看板が立って、なかなか売れずに、
夏には草が生え放題。除草剤を使ったり、草刈りをしたりと土地の面倒を見るのも、大変でした。
今年になりやっと買い手が付き、話がまとまりました。
今日はその買い主との最後の土地の確認のために売地に行き杭などを確認し、なんとか買い手も
納得し、売れることに間違いはないでしょう。
でも私の名義ではないので、私にお金が入ってくるわけではありませんけど。
ま、私としては夏の草刈りの場所が一部へってよかったとでも言いましょうか。
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今日はM市のカルチャー教室でした。
第2回目で、全員がそろいました。とは言ってもたったの4人ですけど、なにか。
講義中途中でカルチャーの人が入ってきて、一人見学したいという人がいるのですがと言ってきました。
別にかまわないし、クラスの4人も歓迎していました。1時間ほど見学して、帰りました。するとそのあと10分くらいすると、また別の人が来て、クラスを見学したいとしばらく見学し、ぜひ次回から参加したいといって帰っていきました。
クラスが終わってから、事務所に行くと最初の人も8月から参加したいといって帰っていきましたと報告されました。これでこのクラスも6人になるかな~。
やはり、私の仁徳か?
そんなことはないでしょうね。単に暇な人が絵を描きたいだけかも。
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午後昼寝をしていました。そして起き出して部屋を出たときバサッと何かが落ちる音がしました。
音の方向は廊下の先の玄関から聞こえ、そのものが落ちる瞬間も偶然見かけました。
玄関ドアの右側から細長いゴムのパッキングのようなものが玄関の右側においてある簡易足場の上に落ちたのです。
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でも、そんな落ちるようなゴムパッキングがあの場所にあっただろうかと思い当たると、ゾソ~ッと背筋を寒気が走る思いがしました。ま、まさか!

蛇!!蛇が家の中に!!!
かなり密閉度の高いドアに囲まれた家なので蛇が入れる隙間はありません。ドアを長時間開け放しにしておいた記憶もありません。蛇が家の中に、玄関付近にいるはずはありません。半信半疑でそこに立ちつくしました。確かめに行けばいいのですが、無類の蛇嫌い、蛇に対しては臆病者です。
じっと玄関のその細長いゴムパッキングのようなものを見つめていました。しかし、それは落ちたまま微動だにせず落ちた場所にありました。
でも怖がりの私は確かめに行く勇気がなく、じっとそれを見つめていました。

もし蛇だったらどうしよう。玄関からこちらの板の間に上がってきたらどうしよう、と恐ろしい考えにおびえました。しかし5分くらいたっても全然動く気配がなくて、やっぱりただのゴムパッキング?と思ったりしましたが、なかなかそばに行けない私です。

でもこうしていてもらちが明かないので、勇気を出して玄関の方へゆっくり進みました。するとゆっくりしゅるしゅるとその細長いものが足場としておいてある板の下に潜り込んでいくのが見えました。

げっ、やっぱり蛇だ!

恐怖とパニック。そこをすぐにも逃げ出したい思いもありましたが、今この場を去ったら、私のいないうちに蛇がこちらの方に上がってきたらどうしようという思いもあり、やはり動けませんでした。

何とか退治したいけど怖い。さらに10分ほど玄関方面を見つめ考えあぐねる私でした。
とにかく外に追い出したいと思い、素早く裏口から玄関に向かい、恐る恐る玄関を開けました。
ヘビはまだ右側のべニアの足場の下に隠れているのか姿は見えませんでした。

びくびくしながら隠れているであろう足場の下に棒を突っ込んで蛇が出てくるように何回かつつきましたが、
まったく反応なし。こわくてそう強くもできず、でも何とかしなければと思い、ついにこのべニア性の板を動かして蛇を追い出すしかないと思い、こわごわ板を手前に引きました。一瞬、あれ、居ない?と思いました。私の勘違い?初めからヘビはいなかった?
と思ってよく角を見ると小さく丸まっている蛇の姿が!!
とにかく追い出そうと、もっていた棒でそのヘビをつつくと、蛇はささっと動きだし玄関から出ていきました。
やっと安堵の私でした。でも外にいると思っていた蛇が家の中にいるという事実を知らされ、油断できないと思いました。ああ、田舎はやっぱりこんなことが起こっていあやだな~
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今日は尺八のライブを行いました!!!

実は単なる老人養護施設へのボランティアです。
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で、その前にはみんなで昼食をいただき、威勢を付けました。
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尺八の演奏は今月初めのグループとは異なるグループで、こちらには女性が4人います。しかし都合で
今回は二人だけの参加でした。
尺八だけでなく、メンバーによるハーモニカやオカリナのソロ演奏もあり、また先生によるソロのメドレーもありました。わりといろいろ取り混ぜてあり、見る方も楽しかったのではと思います。
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演奏のあとでホームの責任者が来て楽しかったといってくれて、やった方としてはうれしく思いました。そのあと
ホームの見学をし、いずれこの様なところに入るのもそう先ではないかなと思ったりもしました。
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          「あれ、何だか雨が降りそうなそらだにゃ~」

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          「雨の降るまで芝生であそぼうっと」

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          『お母さんと昼寝中。きもちいいな~。』

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                            「去年は僕が一緒に寝てたのに、、、、」

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          「ん!」 

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          「寝たりないけど、そろそろ起きるかな~」
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昨日は版画家協会の集まりがあり、8月の展覧会の準備についての事柄と、全メンバーに配布する
ポスター、リーフレット、その他の資料の仕分けと郵送および手渡しの仕事をしました。
広報の私ともう一人のメンバーの仕事まで事務局にしてもらい、かなり助かりました。私たちは新聞社などへの手紙と資料を封筒に入れ、宛名のシールを貼るだけでした。約2時間のお仕事でした。
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私のその一人だったんですが、富岡製糸について勘違いをしていたことがあります。
それは、「あゝ野麦峠」とか「女工哀史」といった製糸工場で働いた女工さんの話からきています。
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「女工」「製糸工場」という言葉からはどうしても悲惨な労働条件で働かされた若い女性たちのイメージがあります。それでツイッターなどでも「日本のブラック企業」が世界遺産?!などと言われることがあります。

しかし、日本で最初にできた富岡製糸にはどうも「女工」否、そこでは「工女」と呼ばれた人たちの生活はのちに語られる「女工哀史」にあるような悲惨な労働環境は存在しなかったようです。また労働力として働いた女性たちは貧しい家の女性ではなく、士族の娘とかであったりと教育のあった家の出であったようです。その一つの証拠として明治時代にそこで働いていた工女、和田英の書いた日記をまとめた「富岡日記」があります。つまり、貧農から働きに来た女工では字すら読めない、書けないでこのような日記を残すことは不可能だったでしょう。

富岡から派生してできた製糸工場において、悲惨な労働条件で働かされた女工の話が一般に広がったようです。私も特に女工哀史などの事を聞くと、なぜ富岡製糸がと思ったことが若いころありました。反面、富岡製糸での悲惨な話は聞いたことがありませんでした。せいぜい笑い話として「富岡製糸」に行くと生き血を吸い取られるという噂があったという事です。これは監督に来ていたフランス人が飲んでいた赤ワインを、日本人が見て生き血を飲んでいると思ったという嘘のような本当のような話です。
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とにかく富岡製糸は官営で労働条件は悪くなく、のちの民営の製糸工場での悲惨な話が広がったという事のようです。このへんのところの誤解も富岡製糸の世界遺産登録により解消されるといいですね。
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早いもので今日は夏至。アメリカだと夏の始まりとなる。
とにかく、昼が一番長く、夜は一番短い日という事で、これからだんだん日が短くなる、、、、。
物寂しくなるな~。

と思っていたら富岡製糸場が世界遺産に正式登録!
富岡の街は盛り上がっているようです。これで群馬も少しは日本中に知られる、、、、、かも。

「日本で最初の富岡製糸」 上毛かるたより
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