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今日の新聞にニコラ・バタイユさんの訃報が載っていました。
ニコラ・バタイユと言ってピンと来る人は、私と同年代から上の人で、フランス語を
やっていた人ではないでしょうか。
私が高校生、大学生の頃でしょうか彼はNHKのフランス語講座でスキットなどを
やってました。講師の名前は覚えていないけれどニコラさんの名前はよく記憶しています。
高校の頃、外国語に興味があり、NHKの外国語講座は英語を初めドイツ語、フランス語そして
ちょっぴりスペイン語を見ていました。
ニコラさんの人懐っこいような人柄にひかれてフランス語講座は見ていたような気がします。
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これが私が記憶しているニコラさんの顔です。(手前の人です)

享年82歳だったそうです。
フランスで演劇を中心に活躍していたようで、NHKの講座でもスキットなどを書いていたとか聞いています。


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BEFORE
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AFTER
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写真と内容は関係ありません。


フリマのことで頭が一杯で、他の事に注意がいったいなかった。
気がつけば11月中にやらなければいけないことが、相当ありちょっとしたパニックに。
以前、その締切日を書いた紙をみると10月末日、11月中旬、11月下旬までのしなければ
いけないことが目地を押し。早くも師走の雰囲気になる私。
大急ぎでとにかくできることをしなくては。
何とか2つは今日済ませることが出来ましたが、ちょっと時間がかかる事もあります。
パニックになっていないで、一つづつとにかくやりぬくしかない。
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運命の学生展



毎年春の学期末には美術とコマーシャルアート専攻の生徒たちによる学生展が
コミカレのギャラリーで行われます。その学期に履修していた学科の自信作などを数点
選んで、この展覧会に参加できます。
私は美術とコマーシャルアートの両方とも履修していたので、2回に分けて参加できました。
美術系の方は審査員がいて賞が与えられました。賞といっても何等とかのリボンが飾られる
程度のものでした。私の出したインクのドローイングが何かの賞に選ばれました。全然期待していなかったので、クラスメートにそれを知らされて、担がれていると思いました。ギャラリーに行って、私の作品にリボンがついているのを見て、初めて実感が湧き嬉しくなりました。

それからしばらくして、今度はコマーシャルアートの作品展が開かれました。私にとっては
こちらの方が専攻だったので、オープニングにも出ました。予想外に多くの人が訪れ、
オープニングは盛況でした。この日はナイトクラスもあり、授業の合間に展覧会を見に来る
人もいました。私の出したエアブラシの作品は注目を集めていました。自分の作品の前に
立っていると、肥満気味の中年の女性が寄ってきて話しかけてきました。
「これはあなたの作品ですか。素晴らしいですね。」
まあ、嬉しいですがほとんどの人が言う定番の言葉でした。お世辞も入っているので
軽く受け流しました。その女性はいろいろ私のことを質問してきました。
私は自分が日本から来た学生で、日本の大学を出てしばらく働いて、何かそれまでと違った事をしたいと思いアートを勉強にアメリカへ来たということを手短に話しました。
するとその女性は名刺を出して、
「私はニューオーリンズ大学で国際学生課のディレクターです。これだけの才能があるなら
うちの大学に来て見ませんか?ぜひ来て欲しいですね。日本で大学を出ているなら
大学院の芸術学部に応募してみませんか」
私は大学院にいけるほどの者ではないと思っていたので、驚きましたが、大学院という言葉に惹かれました。

それからは、大学院と言う言葉に魅惑され、そしてまだ日本には帰りたくなかったので、だんだん気持ちがコミカレ卒業後は大学院と言う選択肢に傾いていきました。
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しばらく草を刈っていなかったので、畑の草がぼうぼうになりました。
これは草刈をしなければいけないと、刈り始めました。
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場所によっては私の背よりも高い草を、なぎ倒しなぎ倒し刈り続けて、3時を過ぎた頃
やっと刈り終わりました。
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疲れた~。
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来週町の役場の駐車場でフリーマーケットが開催されます。今回これに参加しようと思い、応募したところ抽選でめでたく選ばれました。区画は76ほどあるのですが、それが埋まるほど応募数があったという事ですね。
ALTのジャスティンも応募して選ばれました。彼はゲームセンターなどで集めたぬいぐるみやおもちゃがたくさんあるそうで、それらを売りに出すようです。

本日フリーマーケットの開催についての説明会が役場でありました。この説明会の出席する事も、参加するための義務となっています。特にこれといった複雑なことはありませんでした。簡単に説明と質疑応答が行われ、最後に出店料の1000円と場所の区画の抽選が行われ、私は66番となりました、列の端だったのでよかったと思いました。
あとは当日の晴天を祈るばかり。

お近くの方はどうぞおたちよりください。
・・・・・・近くの人はほとんどいませんね。
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ペインティングゥ~~!



卒業するはずだった最後の学期に、私は純粋美術系のペインティングIというクラスをとりました。絵画には興味がありましたが、何か面倒なクラスというイメージがあって履修しませんでした。しかし、これでこの学校とも最後だし、履修してみようと決意しました。

デルガドでは空調の設備が完備していないので、油絵の具は使えませんでした。アクリル絵の具を使いました。アクリル絵の具と言うのを使うのは初めてのことでした。この絵の具は乾燥が早いと言われていたので、初めの頃はチューブから出すと直ぐにも乾く絵の具かと思い、筆が絵の具で固まってしまうのではないかとひやひやしながら使ってました。

クラスでまずやったことはカラーウィールを絵の具を使って作ったり、原色に白や黒の色を少しづつ足していって色の変化していく段階をチャートにするといったものでものすごくつまらない事でこれが何になるのかと思ってました。講師もこれが何のためになるのかと言う説明をせず、こういうものを作りなさいという指示しかしませんでした。
後にこういったことが色彩や絵の具を混ぜ合わせて色を作ったりする時の役に立つ事だと知りました。後の話ですが、私はこのチャートをデルガドに置いてきました。数年後私がギャラリーに所属して個展を開くようになった頃、この時の講師がオープニングに来て、
「あなたがペインティングのクラスで作ったチャートを今も生徒に良い見本として使っているわ。
そして、あなたが有名な画家になっているといっています。」
というような事を言ってくれて、嬉しく思いました。

このクラスではこのチャートつくりのほか、2つの作品を制作しました。まず初めに講師がいくつかの静物を机の上におき、これらを好きな風にアレンジして好きなように描くと言う課題が出ました。この時どんな作品を描いたかはっきり覚えていません。なぜかというと、後にこの作品は欲しいという人がいて売れてしまったのです。

そしてもう一つは抽象画の練習でした。雑誌などの写真を小さく切り取ってそれを拡大して描くという課題でした。この課題も楽しく、私はアクリルで絵を描く事の喜びを知りました。それとそれまでは大きさが限られている絵やイラストなどを描いていたのですが、キャンバスに描くということで今まででは考えられなかった大きさの絵を描ける楽しさと喜びをこのクラスで知りました。
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9年ほど前にNYに住んでいる私の知人にその画家の名前を聞いたことがありました。その知人の友人というのがその画家の奥さんでした。彼は戦争とか原爆の絵ばかり描いているので、あまり売れていないというような事を言っていました。その画家は群馬の富岡市で一時期すごした事があるというので、知人は奥さんを介して私に紹介しようと言いました。残念ながら時間の都合で彼に会うことはかないませんでした。しかし、それからも何回かその画家の噂は聞いていました。

10月の半ばに地元新聞を読んでいたら、飯塚國雄という画家が東京のあらかわ画廊で
個展をしているという記事を見つけました。それだけだったら普通に読み過ごしていくところだったのですがニューヨーク在住と言う文字に、はっとしました。
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この機会に会いに行ってみようと思いましたが、残念ながらまたしても都合で画廊には行く事が出来ませんでした、そうして先週のことです。地元新聞の展覧会などを知らせるページを見ていたら、なんと彼の展覧会が富岡市であるということを知りました。画家が在廊しているかどうかはわかりませんが、少なくとも彼の作品には出会えると思い、ギャラリーに行ってきました。
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もしかしたらと思ったのですが、残念ながら画家本人はいませんでした。
このギャラリーはとても小さいので、ここではスケッチといった感じの作品が飾られていました。
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リーマン・ブラザースの破綻の余波で、廃業すると言う品川の「京品ホテル」がニュースを騒がしていましたが、聞き覚えのある名前だと思っていたら、思い出しました。
今から30数年前、高校生だった私が大学受験で一夜を過ごしたホテルでした。受験する大学側がこの宿を斡旋してくれて、受験者2,3人との相部屋で安く泊まれたと記憶しています。
なんとなく懐かしく画像を探してを見ると、私が宿泊した同時のままと言う感じで感慨深くなりました。
新幹線の停車などで品川の駅がその頃とは大分変わったので、駅周辺も相当な変化がおきて古めかしいこのホテルはとっくになくなってると思ってました。私が泊まった時でさえふる~い感じのホテルでしたから。
10代で宿泊した事のあるホテルが50代の今、こういう話題で再会するとはなんとも不思議な感じがします。





えっ、
受験した大学?





落ちましたよ!!それが何か?


よく考えたら、京品ホテルにはいい思い出がなかったんだ。 ふん!
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今年6月に秩父で開催された「版画フォーラム2008」で、私は「埼玉新聞社賞」というものをいただきました。表彰式に出席するために秩父の展覧会場へも行ってきました。その時には表彰状だけをもらい、副賞は目録という形で頂き、作品を返す時に記念品も送ってよこすという風に聞きました。私の作品はその後浦和のふるさと会館と川越の蘭山記念美術館への展示へと巡回しました。そして、9月の初めに作品は無事に戻ってきました。はて、記念品はと返品された作品の中を探しましたが、何もありませんでした。別便で送ってよこすのかと思い、しばらく待つことにしました。
そして忙しさに紛れ、全く忘れていたのですが、ふと、あの記念品というのはどうなったのだろうと思いました。結局目録だけで何もでないという事なのだろうか。大したものではないと聞いていたので、どうしても欲しいというものでもないのですが、くれると言って何もよこさないというのはどうも解せません。もう10月も後半になります。主催者にメールを送りこの件に関して質問しました。
主催者に言う事には、何かの手違いで郵送漏れになっていたとの事。丁寧な侘びのメールが届き、そして本日副賞としての記念品のスケッチブック4冊が届けられました。

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