<   2006年 12月 ( 18 )   > この月の画像一覧

d0000995_17301083.jpg

良い天気。今年最後の和がましの風景を取りに山に。遠くに雪山も見えます。
ちょっと山道を歩いたら、何年ぶりでしょう、こんな霜柱をいたるところに。
d0000995_17325186.jpg


そして大晦日の夕暮れ。
d0000995_17332681.jpg

来年はどんな年になるでしょうか。
[PR]
実家の改装が一応終了しました。年内にほぼ完成となりました。
今日の午前中に足場も取れ、早速写真を撮りました。
改装前と改装後をご覧ください。
●家の前の全景
d0000995_1745274.jpg

d0000995_17452917.jpg

●玄関
d0000995_1747474.jpg
d0000995_17471474.jpg

●玄関の内部
d0000995_17482462.jpg

d0000995_17485036.jpg


2階への階段の位置と2階の改装が主なものでした。2階は甥たちの部屋で撮影は出来ませんでした。
[PR]
d0000995_11473923.jpg

ディズニー作品が500円DVDに!
著作権にうるさいディズニーの作品がまさかこんな値段で出るなんてこれは
海賊版ではないのかと目を疑いました。
裏に説明がしてあり、日本に於いては著作権保護期間が終了して
この作品はパブリックドメインになっていると言うことです。
他にも白雪姫やら不思議の国のアリス、ピーター・パンなど有名なディズニー作品が
たくさん売っていました。本国アメリカではまだ著作権の問題で廉価版は出ていない
はずです。

この作品は1980年代に再録音したリマスター版でアメリカでリバイバル上映した時に
初めて見ました。ミュージックビデオのさきがけとも言える作品ですね。
こんな技術的にもすぐれた作品を1940年に作れたとはディズニーは
やはり凄い人だったのですね。
当時としては117分と言う上映時間もアニメーションとしては長い方っだったのでしょう。

d0000995_12102742.jpg映画は7つの部分に分かれていて、バッハ、チャイコフスキー、ストラビンスキー
ベートーベンなどの作品が映像化されています。なかでも有名なのはミッキーマウスを
登場させたデュカの「魔法使いの弟子」ではないでしょうか。この作品からミッキーマウスは
現在のような姿かたちになったと聞いたことがあります。以前は左の画像のようなものでした。
「魔法使いの弟子」でアニメーターの人が現在の姿を考えついたとの事です。
ディズニーと言うブランドネームの元に個人の貢献を与えないと言うディズニープロダクションには不満を持っていたアニメーターもいたようです。アニメーターにはキャラクターデザインの作者として認めてあげても良かったのではないでしょうか。

ちょっと横道にそれましたが、時代の先を行く優れた作品ではないでしょうか。
これが500円で手に入るのは大いに喜ばしいことです。
[PR]
う~~~~~~ん。






ない!


ド田舎で生まれてほとんどクリスマスの思い出がありません。


あ、思い出しました。

子供の頃近所の菓子屋で、クリスマスケーキの予約を受けていて
ある年にはじめて予約して買ってもらいました。
それはもう大喜び。
勇んでクリスマスイブに取りに行きました。
が~~ん
なんとそれはアイスクリームのケーキ。
スポンジケーキを期待していた私はがっくり。喜びが半減しました。
子供の頃の嬉し、悲しい物語です。

こんな感じのケーキを想像していたのに・・・・。
まあデコレーションはしてありましたが、全体がアイスだったので冷たくって・・・。
d0000995_11312657.jpg

[PR]
ホストファーザーが会社を首になり、なんとなく気まずい雰囲気。
何処へ姿をくらましたのか、次の日から彼の姿を見ることはなかった。

外国の家庭に入って家庭の暖かい雰囲気を想像していた私には
朝は私より早く出て行き、夜遅く帰ってくるホストマザーがいるだけで
これではホームステイしている意味がないと思いました。彼女との会話も
大してできるわけでもないし、英語の勉強にもならない感じでした。
他の参加者からは、家族に何処何処に連れて行ってもらったとか、
家族と毎晩楽しい団欒を過ごしているとか聞くと
同じお金を払っているのにこの待遇はないだろうと思いました。

この状況をこのツアーに同行して参加者の世話をしているトミー植松氏の秘書に
それとなく訴えるとそれならホストファミリーを変えましょうと言いました。
ホストマザーには悪い気がしたのですが、変えてもらえるならそうして欲しいと伝えました。
6日目の午後こうして私は6日間いたホストファミリーを去り、次のファミリーへと
移って行きました。
ある意味2つの家庭を知ることが出来、いい経験でした。

2つ目の家族は、父親がニュージーランドのフォードでわりと良い役職にいて
母親は大学で日本語を勉強していると言う家庭。3人の子供が入いて、上の二人が
男の子、下が女の子でした。上の子二人は学校で日本語を勉強していて
ほんの少しだけ日本が理解できました。
ここでは本当にアットホームな雰囲気を満喫でき、私は満足でした。

d0000995_21314237.jpg

2つ目のホストファミリー
[PR]
d0000995_2113592.jpg

外は暗くなり、暖房はどうしたらいいもかもわからず凍えながらホストファミリーが戻るのを
待っていました。やっと7時半過ぎに戻ってきました。しかし戻ってきたのは母親だけ。
子供は?と聞くと何か施設のようなものに入っていて週一回だけ家に来るとかそのようなことを言っていましたが、当時の私の英語力では深く理解できず。
アットホームな家庭を想像していたのに、家には母親しかいないと言うさびしい結果。
まだ夕食を食べていないと言うと、急いでオムレツのようなものを作ってくれました。

翌朝起きてキッチンに行くと母親は出かけるところでした。
「学校への行き方はこの紙に書いておいたわ。ここにかかれている通りにバスに乗っていけば
街に中心までいけるわ。停留所からは地図の通りに歩いていくこと」
と言う指示をして彼女は出て行きました。一人淋しく朝食を食べ学校へと向かいました。

学校で他の参加者たちにホストファミリーの事を聞くと、家族とゲームをして過ごしたり、夕食にレストランへ連れて行ってもらったり、楽しく過ごしているようでした。何で私だけこんな家庭に。

2日目の夜ホストマザーが「今日はレストランで夕食を食べましょう」と言いました。
やったー、ついに私にも楽しい時が。
・・・・・。
私は夕食をおごってもらえるものだと勘違いしていました。
「お勘定は別々でね」彼女はきっぱり言いました。

3日目。
ホストファーザーが出張から帰ってきました。
なんかイギリス俳優のマルコム・マクドナルドに似ているような人でした。
それほど私に対して親しくない態度でした。
ある質問をひつこく何度もして、納得いくような答えを言うまで聞いてきました。
なんかいやな家庭にきてしまったなと思いました。

4日目。
学校から帰ると、ホストファーザーが家にいました。
なんか酔っている様子。
一寸会話をして、自分の部屋に行きました。
夕食の時ホストマザーが陰で私に囁きました。
「彼、今日会社から解雇されてしまったの。それで酔っ払っているの」

ええ~っ!

全くなんと言うホストファミリーに来てしまったんでしょう。
[PR]
d0000995_2333838.jpg

ニュージーランドに着くと、これから2週間の間お世話になる家族とはじめて会うことになります。どんな家族なのか情報はなくついてはじめて知ることになります。
空港からのバスがホストファミリーの待つ場所へと着き、そこではじめてファミリーの名前を知らされます。みんなそれぞれ親日的な良い家族にお世話になることになりました。
さっそくここでホストファミリーの家へそれぞれ向かい、詳しいことは明日学校へ来てから話すと言うことです。それぞれの家から学校までの行き方は家族のものが教えてくれるのでよく利いておくようにと言われました。
 
d0000995_233554.jpg

私のホストファミリーは母親が来ていて、彼女は小学校の教師だということでした。旦那さんはPRの仕事をしている人で、出張で2日後に戻ってくると言いました。彼女の車に乗ると10歳くらいの女の子と8歳くらいの男の子が中にいました。女の子はとてもおしゃべりで余り人見知りするような子ではありません。家に着くまであれやこれやずっとしゃべりつづけていました。男の子は少し智恵遅れのようでした。

家は余り大きくない家で、2階は若い女の人に貸しているといいました。
この部屋があなたの部屋と狭いベッドがあるだけの3畳ほどの部屋をあてがわれました。
冷蔵庫の中ものは適当に飲んだり食べたりしていいわといいましたが、私には人の家の冷蔵庫を覗くは悪いように気がしました。

長旅で疲れていて、彼女もそれを察して早速ベッドに横になってしばらく休んだ方がいいわ
と言ってくれたので私は休むことにしました。


目が覚めると午後の3時過ぎでした。
とても静かで人気を感じません。部屋の外に出るともぬけの殻。家の中には誰もいません。キッチンのテーブルの上を見ると私への伝言がありました。
外出してくるので、遅くなるようだったら適当に冷蔵庫の中のもので料理でもして食べて頂戴と言うことでした。
外人の温かい家庭を想像していた私は最初からかぎっ子状態。放置されてました。
[PR]
d0000995_17552217.jpg さて深夜午前1時過ぎのニュージーランド航空に乗り、いよいよハワイを出発。ニュージーランドはオークランドへ向けて飛行機は進んでいきます。
スクラップブックを見て発見したのですが、ハワイまではパンナムを使っていたんですね。
ニュージーランド航空はこぎれいな、航空会社でした。サービスも悪くはなかったように記憶しています。
当時もらった機内食のメニューがありました。なんとブランチ、ランチ、ディナーと3食も機内食が出たのですね。そんなに時間がかかったということでしょうか?その辺の記憶は全くありません。

何時間かの飛行の後ついにオークランドが近づき、着陸まじかになりました。ここで不思議な光景を見ました。フライトアテンダントが両手にスプレー缶を持ってシューっとスプレーしながら機内の前から後ろまでを行くのです。これは何?消毒?一体なんだったのか不明。とにかく全員スプレーを振り掛けられました。

そしてついに何はともあれニュージーランドのオークランドに到着しました。
[PR]


これは姉妹です。白黒は大変人なつっこい。
それに反しトラは人見知りする。
[PR]
d0000995_20432940.jpgこのブログを前から読んでいる人はご存知でしょうが、私の持っていたデジタルカメラがアメリカ滞在中に調子が悪くなり修理が必要となりました。早速、帰国後ぐわいの悪いデジカメを買ったところへと持っていきました。1週間ほどして、見積もりが出来たのでどのくらいかかるかを知らせてきました。その金額を聞いてびっくり。安いデジカメが買えるような金額でした。とにかくカップリングと言う機能が気に入っていたので、渋々、修理してもらうことにしました。それから更に1週間ほどして、修理が終わったと言うので取りに行き、〇万〇千円を支払いました。

本日、物置状態のクローゼットを整理していると、そのカメラ屋の保証書が出てきました。私は当然保証書は1年しか利かないと思っていたので、保証書の事は頭にありませんでした。ところがなんと私は、このカメラに関してはカメラの値段の1%の金額を払って5年間保証の保証を、買っていたのです。カメラ屋に電話を入れると、保証書と領収書があれば保証が利くと言うのです。ありがたいことに普通はすぐに捨ててしまう領収書が1週間以上経ったのに手元にありました。

こうして〇万〇千円がそっくり返って来ました。
全く偶然何の気なしにしたクローゼットの整理がこんな幸運を産むなんて、皆さん掃除はするものです。
[PR]