<   2006年 08月 ( 19 )   > この月の画像一覧

この事件のショックのためかこの日以降の日記が書いてありません。
ぼんやりした記憶と残された写真をたどり書くしかありません。

とにかく次の日早速集合場所であるロスに向かいました。予定より早くつたのでたっぷり時間はありました。バスデポで知り合いと出会い残された日々は、この知り合いと行動をともにすることにしました。まずバスの3日間乗り放題のパスを買いました。ディズニーランドへ行けばほとんど元を取れるような安さでした。d0000995_945071.jpgこれを使ってロサンゼルスの街をあちらこちらと言ったのでしょうが、ほとんど記憶に残っていない。記憶にあるのはディズニーランドに行ったということ。これも写真があるから記憶にあるだけでそれがなかったらどうだったか。それでもディズニーランドの夜のパレードは記憶に残っている。

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こうしておとぎの国にいると同じ国で黒人に暴力をふるわれて怪我を負ったということがうそのようであった。
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ビジターズインフォメーションはマーケット通りのケーブルカーの終点でケーブルカーがぐるりと一回転して、方向を帰る地点でそれを見ようとする人でにぎわっていました。そこから半地下へと降りたところがホルディプラザといって、そこのところにビジターズインフォメーションがあるのです。インフォメーションセンターは混んでいました。でも私はそこに置いてあるパンフレットをいくつかもらいに来たので特に混んでいても問題はありません。いくつかめぼしいパンフレットを取ると私は椅子の座って詳しく読もうと思いました。そこで周りを見渡すとセンター内にある椅子という椅子は全部ふさがっていました。しばらくすれば空きが出るかと見回しましたが空きそうにありません。そこで仕方なくインフォメーションセンターを出て外にあるベンチに腰を下ろすことにしました。天気はいいし外の方が案外気持ちよく過ごせそう。

私はひとつのベンチを見つけ腰をおろしました。そして手に入れたパンフレットを読み始めました。しばらくして何か人の気配を感じました。顔を上げると一人の黒人が立っていました。彼は何事かを私に話し掛けました。
「● × △ ◎ ■」
早くて英語が聞き取れません。「 I beg your pardon ?」
といい聞き返しました。
男は再び
「● × △ ◎ ■」といいます。
やはりダメです聞き取れません。
「I'm sorry I can't undersatand」
といって私はパンフレットに目を落とし、再びパンフレットを読み始めました。
次の瞬間ガアンと眉間に激しい衝撃を感じ、目の前が一瞬暗闇になりました。ふと顔を上げると怒りに燃えている黒人がも目の前に立っていました。私には何がなんだかわからず呆然としていました。
私は手を額に当てました。すると鮮やかな血がどくどくと流れていました。そして流れる血は私の着ていたシャツも赤く染めていました。
男は更に私を何回か殴り足蹴にしました。しかし血を見た私は興奮して男にかかっていきました。しかし力では到底かないません。そして男は大声で何事かを叫びながら逃げていきました。
血まみれの私はビジターズインフォメーションの中の日本人の受付の所へと助けを求めに行きました。その人は血まみれの私を見てびっくりしているようでした。私はオフィスに連れていかれそこに横になりました。しばらくして救急車と警察が駆けつけました。
救急隊員は怪我を見て恐らく犯人は指輪か何かをしていてそれで眉間が切れたのだろうといっていた。警察からもあれこれ詳しくその黒人の事を聞かれました。
1,2時間そこで休んでいて、もう大丈夫という状態になり救急隊員から言われた病院へ行く。しかし大げさにターバンのように巻かれた包帯と血だらけのシャツで歩いていくのは恥ずかしかった。また黒人とすれ違う時などちょっと殴られそうで怖かった。
こんなことで予定していたことがすべてだめになる。
おとなしくホテルに帰り静かにしているしかなかった。
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d0000995_957337.jpgポートランドからは西海岸を直線的にルート5を南下した。大した街があるわけもなく単調はちびである。しかし途中のユージーン(Eugene)という街は通っただけだが感じのいい街だとおもった。
長いバスの旅の後ようやく旅の出発点であったサンフランシスコに着きました。
さて振り出しの戻った私は2日ほどここで過ごそうと思いました。まずは宿から探しました。
割りといいホテルで値段も手ごろなものが見つかりました。
疲れていたのでまずはホテルで休息しました。
目を覚ますともう夕方でした。
夕食を食べに街に出ました。サンフランシスコはメインの大通りを歩いて入ればそう怖いところでもないと聞いたし、大分アメリカの街にもなれてきたので最初の頃の緊張感はなくなっていました。
夕食の後夜の街をあちこち歩き回りました。
何事もなくホテルに戻り、熟睡しました。

さてよく朝ある程度のその日の行動を決めホテルを出ました。
一番そのあたりの大きな通りであるマーケット通りへ出ました。そこにはツーリストインフォメーションがあったはず。ある程度の予定は決まっていましたが他のもいい見るところがあるのではないかと思い、立ち寄って情報を手に入れようと思いました。
それがあんなことになろうとは・・・・   (つづく)
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さて、半日の滞在を済ませやこうのバスに乗りた次の目的地ポートランドへと向かう。
しかしこのポートランド正直に言って大した記憶にない。
一泊したのだけれど泊まったホテルの部屋をなんとなく記憶している。
そして朝見たテレビでブライアント・ガンブルとジェーン・ポーリーが司会を
やっていたTODAYを見たことを覚えている。
それ以外は全くといっていいほど記憶から抜けている。
それほど特徴のない街だったのだろう。
何の特筆すべきこともなくポートランドの滞在は終わり、次の目的地
サンフランシスコの向かった。

そして、あの事件が起こった・・・・・。
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d0000995_17403977.jpgバンクーバーには1泊ぐらいしていきたいと思ってホテルを次から次へとあたったのですが、なんとしたこと行く先々で満室でした。何か特別なもようし物でもあってホテルに空きがないのだろうか。そんな思いでした。そして何件か周りそこでも満室で断られ帰ろうとした時、一人の若者から声をかけられました。なんだろうと思うと今日の宿を私に又貸しすると言うのです。では部屋を見てということになり2階へと上がっていきました。そしてドアを開けると・・・・
とても一泊をこんなところでする気にはなりません。断ってホテルを出ました。こうなったらバンクーバーは日帰りになりそう。

こうなったらともかく町を観光しようと思いました。
大きなチャイナタウンがありました。香港を思わせるような大きなチャイナタウン。
ネオンも鮮やかここはどこかと一瞬戸惑いました。

d0000995_1843776.jpgその後バンクーバーの古い町並みが残るところにいきました。
そこは情緒があり素敵でした。
腹がすいたのでマックでひと休み。こういったところで働くのは米国では
黒人の人が多かったのですが、さすがカナダ。中国系の人が多いせいか
アジア人でした。
腹ごしらえも出来、しばらく町を散策し残念だけど今回は半日でカナダとお別れ。
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d0000995_2351512.jpg最初の到着地シアトルへと再び参りました。一度来ているので戸惑うことなくスムーズに事は運び、グランド・トランスポーテーションでバスに乗りいざダウンタウンへ。
ダウンタウンに近づくとドーム付きのスタジアム、キングスドームが見えた。その当時まだドーム付きのスタジアムは珍しかったと思う。ニューオーリンズのスーパードームそしてテキサスのアストロドームと3つしかなかったのではないだろうか。やがてバスは高速を降りダウンタウンの街中へと降りていった。有名なホテルに乗客を順番に降ろしてゆく。私は適当なホテルでバスを降りた。そこから地図を頼りに歩くことになる。
d0000995_22494383.jpgシアトルでまず有名なのがスペースニードルと呼ぶタワーである。そこに行くにはモノレールに乗ってゆくのが早いらしい。モノレールの乗り場を目指していく。
ちょっと高めの場所からシアトルの街中を走っていくモノレールは快適だった。
スペースニードルのほうはそれほどたいしたこともなかった。特にCNタワーやワールドトレードセンターを経験しているだけにそれらから比べると物足りなかった。
さてこれからどうしようかと思った。シアトルで他に見るべきものがあるかと思い、見るべきものはないと結論を出し、ではここでは一泊することもないと思い即バンクーバーへと旅立つこととなった。
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d0000995_22573582.jpgサンアントニオの後は同じくテキサス州のダラスに行きました。前回の旅行で一度きているので大体は分かっている町でした。ダラスは特に見るべきものの無く、今回はここから2回目の飛行機を乗るためにたちよった町です。一泊してから次の朝、シアトルへ向かいました。
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ニューオーリンズからバスに乗りちょっと長旅。ヒューストンを通り過ぎ、更に西へと進みサン・アントニオまで行きました。
d0000995_23324976.jpgサン・アントニオと言えばなんと言っても有名なのがアラモの砦。詳しい歴史的事実は知らないが西部劇にアラモの砦を舞台にしたものがあったように思う。
良くは知らないが名のある所、行ってみてみておくことにする。
実際に見る砦は思ったほどの大きさではなく、あれ、こんなものかと思
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うほど小さな砦。入場料を取られたが、記念のために入ってみた。

d0000995_23451422.jpgもうひとつサン・アントニオで有名なものは町の中を流れる運河。それも他他の運河であれば大したことはないが地上より低いところを流れていて、さらにその流れに沿ってプロムナードが出来ていたりして何となくヴェニスを思わせるような街づくり。真夏のあつい時には涼しい場所となる。私のサン・アントニオのイメージはこの運河のプロムナードが強い。
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ちょっといいものだと思ったら、たち吉のものでした。
「橘」というシリーズのようです。
ネットで調べてみましたが、橘というシリーズはまだあるようですが
小鉢のシリーズはもうないようです。
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朝はちょっとゆっくりしてからYMCAをチェックアウト。
そうしてバスの出発までフレンチクォーターをぶらつこうかと思っていた。
d0000995_0162284.jpgただ当てもなく行き当たりばったりで、クォーターの中を汗水たらして歩き回った。今なら真夏のニューオーリンズで日中歩き回る何て思いもよらないことだが、旅行者としては気にならなかった。
カナル通りを歩いていたらサエンガー劇場の大きな看板が目に付いた。サンディー・ダンカンが主演でピーターパンをやるらしい。これはいいところに来た。見ていこうと思いボックスオフィスに切符を買いに行くと公演は週末からといわれ、がっかり。

d0000995_0393059.jpgカナル通りがミシシッピー河とぶつかるところに川の向こう岸に行くフェリーが走っている。ある旅行の本にただで川を渡れるとかいてあったので、ただは好きなので早速乗ることにする。これでミシシッピー河を渡ったことになり満足。
そうこうしているうちにバスの時間が迫る。
やがてこの町が第2の故郷になるとは知らず、この町を去っていった。
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