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さて命からがら(笑)検問所を逃れ、ロサンゼルスに戻ってきました。検問所を経験して強くなったのでしょうか、ロスのバスデポの周りを歩くのも怖がっていた私が今回は勇敢にもホテル探しにあたりを散策し始めたではありませんか。
バスデポから高層のビルにCecil Hotelと書いてある建物が目に付きましたが、なんか宿泊代は高そうな感じがしました。それでもまずはそこを目指し、(といっても3,4ブロックほどでしたでしょうか)危険の中に歩みだしていきました。
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ホテルの入り口に着きました。やはりお値段の高そうなエントランスにロビー。私のようなものが泊まる安ホテルではないなと思いました。
ではこの近所でもっと安いものはないかと、あちらこちらと歩き回りだしました。そうしていると段々このあたりを歩くのも平気になってきました。
やがて見かけがぼろそうなホテルがありました。ここなら安いだろうとまずは入っていって値段を聞くと、とても見かけからしたら高すぎるような値段を言われこれはダメだと思いました。更に歩き回りましたが手ごろなものがありません。しかしまたバスデポで夜を明かすわけにも行かず、歩いているうちに当たりも薄暗くなってきました。やはり夜は危険が増すかもしれません。
結局戻ってきたのはバスデポの近くのセシルホテル。高そうでしたが1泊くらいなら良いかと一大決心をしてフロントへと行きました。シングルを1泊というと。8ドルちょっとでした。「ええ~!安いじゃない!」聞き間違いかと思いました。ロビーもちょと豪華な感じのこのホテルがYMCAと変らないようなこんな値段でいいのか。私はもちろん即決で泊まることにしました。自分の部屋に行くとやはり狭くてそれなりの値段かなとは思いましたが、YMCAよりは雰囲気が良いので満足でした。
安くてそれなりに綺麗なので以降私は何度もロサンゼルスに行った時にはこのホテルのお世話になりました。少しづつ改装がなされ値段も上がっていきました。また最近かなり大掛かりの改装がなされ値段もぐっと上がったようです。ネットで探してみたらこんな内装の写真がありました。私が泊まった時にはこれほどではありませんが面影はあります。
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その晩の宿も決まり更に落ち着いた気分になり、思い切って夜の街に出てみようかと大胆になりました。変な薄暗い小道に入らなければ大丈夫だろうと思いました。
でも結局そうは遠くへはさすがに行けず、バスデポくらいまででした。
バスデポに行くと二人のツアーメンバーに会いました。そこで彼らと明日どうするのかと聞くと
ディズニーランドへ行くというので、では私も一緒に行こうと言う事になりました。明日会う時間などを決めてホテルへと戻りました。
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一人ぽつんと小さな部屋に取り残された私の心細さといったらもう何とも言いようがありません。
バスも行ってしまったし、これからどうなるのだろうと不安が募りました。それとともに、いい気になって国境の町までついてきたことを後悔。そんな風に打ちひしがれていた時にドアが開き二人くらいだったでしょうか国境警備隊のような人が入ってきました。どうなるのだろうかとも産む寝はドキドキでした。
当時の私の英語力で彼らに上手く説明ができるのか?
とにかく、入国の時に知らない間に滞在期間が2日になっていたこと、団体ツアーできたので帰りの便のチケットは持っていて、何か問題があったらこの手紙を見せればいいといわれているということだけは何とか伝えようと思いました。
とにかく私は何も悪いことはしていないと言うことを主張すべきだと思い、堂々としていようと思いました。
どのような問答をしたかはっきり覚えてはいませんが、
基本的にはなぜ、滞在期間が2日しかないのにまだアメリカ国内に居るのかとか、何の目的で来ているのかとかそういったことを聞かれたと思います。
とにかく最後はその書類に電話番号が書いてあるのでそこに電話して確認をして欲しいといいました。

二人の男は私のパスポートとその書類を持ってまた部屋から出て行きました。
一応言うことは言ったので、後は彼らが電話をして確認が取れれば何とかなるだろうと
少し気が楽になりました。

しばらくして一人の男が戻ってきました。
どうも電話連絡をして一応話がついたようでした。男は書類とパスポートを私に返しました。問題のページを見ると滞在期間の日にちのFebruaryの部分が2本線で消されてその下にボールペンでMarchと付け加えられていました。
な、何たる簡単な訂正!
もし問題がなければ、私は新しいスタンプが押されて新たな日付が書かれるものだと思っていたのに。こんな簡単な訂正なら自分で勝手に書き換えるだけで良かったのか?
ちょっと拍子抜けの訂正でした。
男は次のバスが来る前建物の入り口にある部屋で待っていろと言い、そこへ案内しドアの近くにあった椅子を示しました。
何とか災難を乗り越えた感じで、ぐったり。次のバスまで数時間待ちました。
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午前9時前にはサンディエゴのバスデポにつく。ロスのダウンタウンから比べると断然環境はいい街と言う印象があった。とにかく疲れていたので、友人とともにYMCAを探し、1泊する事にする。シャワーをまず浴びるためバスルームに行くとなんとトイレのドアが全部なかった。ほかのYMCAでもドアがないのはあったが、全部が全部ないと言うのはここが初めて。後でほかの階にも行ってみたが、やはりドアのあるトイレはなかった。
シャワーのあと午後2時過ぎまで眠る。
サンディエゴでは何を見て何をしたのか全く記憶にない。日記によると夜友人と街を歩いていて他のメンバーと偶然会ったとだけ書いてあるだけ。

d0000995_17335266.jpg翌朝、友人はここからメキシコのティファナに行くと言うので私も国境の街San Ysidroまで行って見る事にした。出来れば私も行ってみたかったのですが、当時は一時旅券は訪問国を事前に申請しておかなくてはならない制度があり、私はメキシコに行くことは無いだろうと思い、アメリカとカナダしか申請しませんでした。このためメキシコには入国できなかったのです。彼がイミグレーションのゲートの向こうに行くのを見送り、私はロサンゼルスに戻るバスが出発する時間までそのあたりを歩き回ったり、店を覗いたりして時間をつぶしました。
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やがてバスが到着、再びロサンゼルスに戻るバスの旅が始まりました。
走り出してどのくらいだったのかはっきり覚えていないのですが、検問所のようなところがあり、バスが止められ警備員のような人がバスの中に入ってきてパスポートの提示を求め始めました。おそらくメキシコに近いのでメキシコからの不法移民の取り締まりのようなものだったのでしょう。彼らを見て、私はちょっと不安になりました。
覚えているでしょうか?私が入国した時に押された滞在許可のスタンプはたったの2日だったこと。帰りのチケットを所持しているという書類を見せれば問題ないと言われてはいましたが、警備員からいちゃもんをつけられたらどうしようかとか、ここで強制送還になったりしたらどうしようかとか悪いことが頭の中を駆け巡りました。もう旅も終わりに近く、アメリカの主要な都市は巡ってきたので、強制送還になったらなったで仕方がないかとか思ったりしました。
ついに警備員は私のところに来てパスポートの提示を求めました。私はパスポートと一緒に例の書類を警備員に渡しました。何とかこれでこの場をしのげるようにと祈るような気持ちでした。
その警備員はしばらくパスポートと書類を見ていましたが、自分では判断しかねたのか待って居ろと言いパスを降りてオフィスへ戻っていきました。しばらくしてその警備員が戻ってきて
「お前はここで降りろ」と命令、バスを降ろされてしまいました。ああ、ついに強制送還か。目の前が真っ暗。バスの乗客は私を犯罪者か何かと思っているのではないかと思うと後ろめたい様な気持ちさえしてきました。私は小さな部屋に入れられそこで待って居ろと言われました。窓からは停車しているバスが見えました。調べが済むまで私を待っていてくれるかと思いきや、非情にもバスは私を残して出て行ってしまいました。見捨てられたような淋しい感情が湧いてきました。
そして更に犯罪者になったような気分さえしてきました。
果たして私の運命やいかに・・・・・。
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d0000995_17264719.jpgついに旅の最後の集合場所であるロサンゼルスに到着した。後半あせって急ぎすぎたせいもあり、予定より早いロスへの到着となってしまった。
グレイハウンドのバスデポは建物の中は割りと綺麗で近代的な感じがしたが一歩外にでると周りの環境はあまり良いものではなかった。近所を歩き回るのさえちょっと勇気がいるような気がした。それでもせっかく来たのだから荷物をコインロッカーに預けて近所を歩いてみた。
良く方角がわからず、とにかくバスデポの最初にたどり着いたで口を出て近くを歩くと、いかにも物騒な感じがしました。街角には浮浪者のような人が戯れ、下手をすれば襲われそうな感じさえしました。これはやばいとデポに戻り、違う方面に向かって歩いていきました。先ほどよりは少しはましな感じ、しかしあまり清潔感の感じられないとおりでした。とにかくちょっと怖い感じだったのであまり遠くには行かないように、ちょっとびくつきながら近所を散策しました。地図を見てリトル東京の方へ行ってみようかと思ったのですが、その方向に行くと雰囲気が悪くなってきたのでやめました。

バスデポに戻り、さてこれからどうしようかと椅子に腰をおろして考えあぐねていると向かいに座っていた中年の女性が話し掛けてきた。私が日本人だとわかると嬉しそうに日本語で話してきた。彼女は戦争花嫁のような感じでアメリカ人と結婚しアメリカに渡ってきたようだ。長くアメリカにいるせいか日本語の発音が少し外人のようになっていた。彼女は日本人と会話が出来て嬉しそうだった。しばらくはそこで話していたが、時間があるならカフェでコーヒーでも飲みながらと誘われて、デポの中にある店であれやこれや、私は私の旅行の経験などを彼女に話してました。彼女は今度アメリカに来ることがあれば連絡してくれれば歓迎すると言うようなことを言って
住所を交換し合った。これは次に来る時には泊まる宿が出来たと心の中でほくそえんだ。

帰国後、彼女に手紙を出したが返事が来ることは無かった。これを書いていてふと日記に使っていた手帳にもしかしたら彼女の住所があるかと思ってみたら、書いてありました。彼女はミチコと言う名前で住所はLompocと言うところだった。地図で調べてみたら、サンタバーバラよりさらに先、サンタマリアよりは南にある街だ。あれから30年近く経ったわけで彼女はすでに亡くなってしまっていることだろう。

さて私はホテルに泊まりたかったのだが、彼女と話していて外は暗くなり始めこんな物騒な雰囲気の場所でホテルを捜し歩くのは怖かったのでまたしてもバスデポで夜明かしになってしまった。
早朝午後3時半頃日本に国際電話をかける。提出したレポートが受理され、大学の卒業が決定したかを確認するためのものだった。卒業は出来ると言うことだった。一安心。
数時間後デンパーまでいっしょでマイアミあたりで再会したツアー仲間と再、再会。彼はこれからサンディエゴに行く予定で更にその先へ行きメキシコにも行こうと思っているとの事だった。早くロスに着きすぎたので時間に余裕があったので私も彼と一緒にサンディエゴまでいってみようと思った。
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d0000995_14203741.jpg私は特にギャンブルとかに興味のある人ではありませんが、アメリカと言うとラスベガスは有名。あのネオンに輝く街をやはり一目見ておきたいと言う気がして、ラスベガスははずせないものでした。
フラッグスタッフからラスベガスに向けて出発。途中アメリカでも大きなフーバーダムがある場所を通過するのですが、夜中だったので残念ながらフーバーダムは見ることが出来ませんでした。ただかなりの高さをバスが下っている感じはそれとなくしていました。真っ暗な山道を走り続け、やがて前方に光の湖が。それこそラスベガスの灯でした。フーバーダムは見られませんでしたが、夜にラスベガスに近づいたので砂漠の中で不思議に輝く光の湖のようなラスベガスの街の光景が見られよかったと思いました。本当に真っ暗な空間に浮ぶ光の塊はとても幻想的に感じられました。
ラスベガスの街は映画で見たように眩いばかりのネオンの光に溢れて、まさに不夜城。時間の感覚がなくなります。ギャンブルに興味はなくとも話の種にとスロットマシンだけはやってみました。もちろんけちな私ですから5セントか10セントのマシンをやったと思います。大枚$1.20もすってしまいました。(笑)
私は本当に単に話の種に来て見たかった場所だったので、数時間滞在すればそれで充分でした。ロスではディズニーランドとかハリウッドとかいろいろ行きたいところもあったので、早々とロスに向けて出発するバスに乗り込んでました。
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d0000995_23545439.jpg私のイメージではグランドキャニオンに向かうに連れてこの左の写真のような景色が段々現われて来る物だと思っていたのですが、何かそんな感じでは無かったですね。一見それほど急でもない山道を淡々とバスが進んでいったと言う感じで、そんなに大揺れで荷物が落ちてくるなんて事も無かったですね。何か普通の景色ばかりが続き本当にグランドキャニオンに向かっているのかと疑うようでした。

かなり近くに来るまでは、あの壮大な景色は現われてきませんでした。やがてバスの窓をとおし薄紫色したテレビ、映画で見た景色が目の前に現われ始めました。良く有名な観光地に行くと写真などで見ていたものと比べてたいしたこと無かったりしてがっかりすることなど多々あります。d0000995_02586.jpgしかしこのグランドキャニオンに関してはわたしはまさに映像で見たと同じあるいはそれ以上の景観の凄さに感動しました。見渡す限りあの雄大な景色が広がっていて、長いバスの旅の疲れも吹っ飛ぶようでした。本当に来た価値があったとここでは思いました。

ロバを使ってキャニオンの下のほうへ降りていくことも可能なようでした。しかし話によると一番下まで行くのにはかなりの時間がかかり、また戻ってくるとなると1日ではすまないなどということを小耳にはさみ、あきらめました。ロバで降りていく旅行者の姿なども見かけられました。
d0000995_091211.jpg宿泊する場所もあったようですが、多くの人は日帰りだったようです。バスは10時過ぎについて、4時か5時過ぎにまたフラッグスタッフに戻ります。
感動的な場所ですが、やはり6,7時間もいれば十分ですね。
フラッグスタッフではツアー人8人と夕食を食べました。大きなピザを数枚頼んで食べたことを覚えています。飲めない私ですが、仲間といることの嬉しさでビールも少し飲んでいい気持ちになったりしました。
その後数人とラスベガスを回ってロスに入るべく夜遅くまたバスに乗ることになりました。
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d0000995_0272868.jpgダラスをでた私は次の目的地グランドキャニオンを目指しました。これまた不本意にも遠回りのコースでした。変りばえの無い平原の中を何時間もバスは走りつづけ、エルパソというメキシコとニューメキシコ州の近くの街に着きました。メキシコに近いだけあってメキシコ的な雰囲気のある町であまりアメリカと言う感じがしませんでした。写真のように乾燥して白っぽい山や大地といった感じのところでした。ここもバスデポでまたツアーの人と会いました。
この街に1泊しようかしまいか悩みました。しかし特にこれと言ったものがない街なので更に先に進むことにしました。ここからアリゾナ州のフェニックスに向かい、そこから更にグランドキャニオンへ行くバスが出ているフラッグスタッフへ良くと言う予定でした。フェニックスについたのがよるの10時20分頃で、なんとフラッグスタッフへ向かうバスは次の日の朝の5時40分までないということが判明。こんなことならやはりエルパソで1泊すべきだったと後悔。夜の10時過ぎにYMCAなど探しにいけるわけもなく、ワシントンの時を思い出すような、バスデポでの1夜を明かす羽目になりました。

d0000995_0413593.jpg早朝フェニックスを発ち、数時間してフラッグスタッフに到着。ここで数人のツアーメンバーと合流と言う感じでなんと8人ものメンバーと再会しました。ちょっとうろ覚えですが、確かここからグランドキャニオンまではグレイハウンドでなくほかのバス会社に乗るのでグランドキャニオンへの往復のチケットを買わなくてはならなかったように思います。このすタップその時のものだったような気がするのですが、これは荷物を預けた時のクレームタッグのようなものでしょうね。荷物は預けたくなかったのですが、山道で揺れるので大きな荷物は絶対に持ち込めないと言われ渋々預けたと記憶しています。
さて、いよいよグランドキャニオンです。
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d0000995_9473514.jpgチーズカレーがあったと思ったら、今度はこんなカップヌードル見つけました。CHINA!やはりgenovaさんの言うようにワールドカップがらみで世界の国をテーマにカップヌードル出したのでしょうか?
韓国を代表する?「カップヌードル キムチ」もでていますしね。
さて、中国と言うからにはどんな特徴があるのだろう?oyster sauce 「旨味オイスター醤油」となっています。聞いたことはあっても実際はオイスター醤油と言われても分からないのでこれは試食しようと思いました。

d0000995_9543893.jpgふたを開けてまず気付いたのは具の多さです。特にお湯を入れて3分待つとその多さに更に驚かされます。見てくださいこの具で埋まった表面。海老、イカ、きくらげ、キャベツ、ねぎ、レッドペパー、コーンと魚介類、野菜が小さいながらもぎっしり入っている感じ。この具の多さに嬉しくなります。売りのオイスター醤油はあまりこれと言って特徴を感じられませんでした。
オーイスター醤油より具だくさんで売った方が良いのではないかと思ったり・・・。

具の頑張りで評価は ★★★★ ということにします。
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スーパーで何気なくお豆腐などのあるコーナーを見ていたらこんなものが!
「くず餅風こんにゃく」写真で見るとまさにくず餅のよう。でもこんにゃくで出来ている?
非常に興味がそそられました。「黒蜜ときな粉で食べる和風デザート」「ふんわり新食感」。パッケージに書かれたそんな文字がさらに興味と食欲を誘惑します。値段は1袋98円。そう高くも無いし、1袋でカロリー77という文字も背中を押して買ってしまいました。
d0000995_17594457.jpg説明どおり、冷やしてから小さめに切り、付いていた黒蜜ときな粉をこんにゃくの上にふりかけ・・・・。
見るからに美味しそう。
口の中でツルンとした食感。噛むと確かにこんにゃくのようなしかしこんにゃくよりは軽い歯ごたえ。からまった黒蜜ときな粉の味が美味しさを引き立てます。
夏の暑い時のおやつに良いのではないでしょうか。

関連記事が「群馬生まれの午年ですが、何か?」にもあります。
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さてアトランタからダラスを目指したわけですが、上の地図をご覧ください。アトランタからは青の線のようなコースを取ると最短距離でほとんど一直線でダラスまでことが出来ます。当然私もそのようなコースを望んでいたのですが、アトランタからそのようなコースをたどるバスのルートはありませんでした。これは大失敗。少しづつ小刻みに乗り換え、乗換えを繰り返していけば可能だったかもしれません。しかしそのたびにバスデポで待ったりするのは面倒で時間もかかります。このようにこちらが勝手に思っているコースをバスが走っていないと言うこと何回かありました。この時点で時間がたっぷりあったらニューオーリンズとかに南下しても良かったのですが、少し時間的にあせりを感じていたのでとにかく直行のバスで行きたいと言う気持ちがありました。そうなると白い線のコースを取るしかありませんでした。
今見ると本当に凄い遠回りをしている感じです。アトランタからアラバマ州のバーミンガムに南下したかと思うとテネシー州のメンフィスまで北上しています。メンフィスなんてアトランタより北にある街です。(ここはlanovaさんが引っ越す予定になっているミシシッピーの町に近い街でしょうか?) ここからアーカンソー州のリトルロック(flyingshackのwashyさんがいた街?)などを通過してダラスに入ると言うコース。良くこんなコースを取ったものだといまだとあきれてしまいます。メンフィスとかに1泊デモすれば分かりますが、そうすることも無く一気にダラスに向かいました。
この遠回りのコースですが、よほどたいしたことが無かったのでしょうね、全く景色の記憶とかありません。バーミンガムを通過中の景色がかすかに残っているだけ。メンフィスなんて通っていたことすっかり忘れていました。アトランタを出てからは天気が不順でほとんど雨続きだったようです。バスの中ですから別に問題はありませんが、景色が良く見えませんね。そんな性もあって記憶が薄いのでしょうか?

d0000995_94965.jpgそれでもダラスに近づく頃には「雲の切れ間に青空も見え出した」と日記には書いてあります。
午後2時ごろにダラスに到着しました。
今思うと当然と言えば当然ですが、ダラスと言う街特に特徴があるわけも無く特にダウンタウンなら他のアメリカの年と同じく摩天楼がそびえるだけで観光するような場所もなく面白みにかけます。ケネディが暗殺されたと言う場所見つけられたのかどうか記憶にありません。この町の記憶さえほとんどありません。2回目に訪れた時の記憶はありますが、この最初の訪問の記憶は見事にありません。次の目的地と決めたグランドキャニオン目指しさっさとダラスは通り過ぎたのではないでしょうか。地図で見るとグランドキャニオンの入り口の町であるフラグスタッフに行くにはダラスから斜めに北上してアルバカーキーまで行き、そこからフラッグスタッフまで一直線と言うのが理想でしたが、これまたそんなコースをたどるバスがありません。結局またまた大回り、遠回りのエルパソ、アリゾナ州のフェニックスを通ってフラッグスタッフに入ると言うコースを取る羽目になりました。以下に事前の下調べがしていないたびか分かりますね。
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