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URL占いというのを見つけました。HN占い同様にお楽しみください。
このサイトを占ってみたら



「華やかではないけれど着実に発展していくのでなんと大吉

ハンドルネームは大凶でもこのアドレスは大吉・・・・。

ここをクリック

来週火曜日まで忙しいのでブログまたお休みします。時間があったら気まぐれに更新するかもしれませんが、基本的に更新はお休みになります。
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久しぶりの「変った占い」。
ハンドルネーム占いというのがあるようです。
早速やってみました。

おめでとう!
「ま~さん」というハンドルネームは見事 大凶!

サイトのお勧めネームは「ま~さん軍曹」「ま~さん3号」「ま~さん現品限り」など
一番良いのは「あなたのま~さん」だそうです。
きょうから「あなたのま~さん」になろうかな?

ちなみに「Marrrsan」でも凶!

よくよくついてない名前なんですね。

試したいあなたやってみては!
http://hname.net

PS さらにちなみに前に使っていた

「へなちょこ」だと大吉!

これは前の名前に戻ったほうが良いかな?
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これも個展用のドローイング。参考のための写真はもうかなり前に撮った物ですが
こんかいやっと作品にする気になりました。
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d0000995_11431449.jpg今度の個展用に描いた鉛筆画です。
油絵とか間に合わないので、鉛筆画を中心にやろうかと手を抜いてます。
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d0000995_22481627.jpg手塚作品でも割とマイナーな作品であまり知っている人もいないのではと思う作品ですが、この「ピロンの秘密」はTV化されています。あるいはTVと同時進行的な展開だったのかもしれません。個人的にはリアルタイムでは見たことはないと思います。再放送か何かで何回か見た記憶がうっすらとあります。「ピロン」という変った名前で私の記憶に留まりました。
記憶が正しければ「ピロン」というヤクルトのような乳酸菌飲料がその頃あったように思います。この作品との関連はわかりません。








当然内容などまったく覚えていません。そこで検索し、あらすじを読んでなんとなくそんな感じだったかなとぼんやり思い出しました。

d0000995_2256026.jpgピロン星という星から地球(東京)に降りたって来たピロン王子(ニッキー窪田)という少年がいる。彼を悪の結社から守るために、ミラという名の用心棒役の女超人(峰和子)が随行して来た。という内容でそういえばた「ミラ」という名前がいたと思い出しました。
「ピロンの秘密を護るため~」という歌詞の主題歌が合ったようにも思います。その部分だけ何故か記憶にあります。作詞は手塚治虫自身がしたそうです。

「ピロンの秘密」は1960年にNTVで放送されました。
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このところ忙しいので、写真だけアップ。
蜘蛛は苦手な人が多いようなので猫に変更
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昨日は満月。
やはりデジカメではあまり良いつきの写真は撮影できませんね。
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 ワイドショーで芸能ネタをやる前は、この番組が芸能界の情報を得られる番組でしたね、わたしには。芸能人が結婚や、婚約をすると必ずといっていいほどこの番組にでていました。外人の俳優が来日すると、この番組でしたね。ゆえに「スタ千にでなければ、スターではない」とまで言われる番組でした。

この番組が始まったのは1959年です。その頃は午後9時から15分の番組として放送されていました。60年代後半に7時45分に時間帯が変えられました。どうも夜の9時台に1時間のドラマなどを放送したいために、時間帯を変えたようです。

最初の司会は三木鮎郎で以後石坂浩二、関口宏、荻島真一、壇ふみとか俳優が担当したりしd0000995_20482819.gifました。

記録によれば変ったゲストとしてはなんと1965年には鉄腕アトムが出演したそうです。
そして最高の視聴率は三浦友和、山口百恵で30.3%を取ったとのこと。

番組提供のスポンサーも「スター千一夜」というと旭化成とすぐ思いついたものです。
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  genovaさんが最近彼女のブログに取り上げましたが、わたしもこの番組について書いてい見ようと思います。バラエティショーとしては有名ですし、後の番組にも影響を与えた番組だと思いますので。

d0000995_13475534.jpgこの番組はもともとはザ・ピーナッツがメインでクレージーキャッツがサポートするバラエティーとして企画され、タイトルも「ピーナッツ・ホリデー」というのが製作者側の意向だったのですが、スポンサーの牛乳石鹸がタイトルに「シャボン玉」をつけて欲しいと指示され、「シャボン玉ホリデー」というタイトルになったという事です。この頃は(昭和30年代)番組のタイトルにスポンサーの名前を付けた番組が多かったように思います。30分番組だと単一スポンサーが多く可能だったのでしょう。覚えているので「ニッケ アベック歌合戦」とか「ロッテ歌のアルバム」有名ですね。

番組の構成(脚本)作家も今となると有名な人たちがかかわっています。構成作家という枠を飛び出した人では前田武彦、青島幸雄などがいます。そのほかにも塚田茂(夜のヒットスタジオ)、河野洋、前川宏司といった、バラエティ番組によく見かけた構成作家の名前が連なっています。

d0000995_1482747.jpg渡辺プロがテレビ界に強い影響力をもっていた時代で、「シャボン玉ホリデー」にはほとんど渡辺プロのタレントたちが出演していて他のプロダクションの人が出るのはまれだった様に思います。渡辺プロの新人はこの番組から売り出すということもしていたのでしょう。布施明と奥村チヨが私には一番記憶に残っていますが、梢みわとかそれほど売れなかった歌手も私は覚えています。

コメディアンも新人がいろいろ出てきました。
クレージーキャッツの付き人などをしていた人にデビュウのきっかけなども与えていたのでしょう。なべおさみ、小松正夫などが成功したコメディアンではないでしょうか。とくに小松が「いや~ん。いや~ん」とか言うギャグで登場した時は何だあれはととても強い印象があったのを覚えています。

そしてもちろんこの番組によく出たギャグ植木等の「およびでない」とか谷啓の「がちょ~~ん」とd0000995_14122463.jpgか「青島だぁ」は誰でも知っていますよね。ピーナッツとハナ肇の演ずる貧しい家庭のコント「おとっつあん、おかゆが出来たわよ」というのも忘れられないものです。

まさに歌あり、コントありの盛りだくさんの内容で日曜の夕方を楽しく過ごせたものでした。
番組は昭和36年から昭和47年まで約11年間、596回にわたって放送されました。日曜の午後6時半という放送時間は昭和44年から始まった「サザエさん」にその人気は奪われ下降線をたどり、内容もそれほどたいしたものではなくなっていった気がします。
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ちょっと時間があったので早朝家から見える山の中腹まで上って写真をとってきました。
遠く眼下に広がるのがわが町。関東平野のどん詰まりです。
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