カテゴリ:・懐古的TV( 80 )

突然思い出したある番組。しかしもちろんタイトルは思い出せない。ただ川津祐介が主演で丹波哲郎も確か出ていたと覚えている。NET(現テレビ朝日)で放送された30分番組でした。漫画版もあり、矢車剣之介や天馬天平を描いた堀江卓が少年雑誌「ぼくら」に連載していたことはウロ思えに記憶がありました。
便利なインターネットの時代、これだけ情報があると探し出せますね。
長ったらしいタイトルだと思っていましたが、そのとおり番組のタイトルは「スパイキャッチャーJ3」と言うものでした。1965年当時は映画は007、テレビではナポレオン・ソロなどスパイ物が流行っていて、それに触発されてできた番組がこれだったようで川津祐介がジェームス・ボンドもどきの役をやっていてナポレオン・ソロに出てくるような組織TULIP(チューリップ)に所属していると言う設定でした。



大人向けな感じのドラマでしたが放送が確か7時半くらいで子供番組っぽく作られ、子供だった私は主人公が乗る自動車が空を飛んだり海に潜ったりするところが面白かったと記憶しています。とにかくスタイリッシュで私はとても好きな番組でした。
d0000995_22392623.jpg


この番組は後に類似作品ともいえる「キーハンター」へと発展していったという事です。
丹波哲郎はキーハンターに出ましたが、川津祐介はキーハンターではなくザ・ガードマンの方に後に出演しました。
[PR]
d0000995_13331388.jpg
平岩弓枝という名前を最初に聞いたのはNHKの朝ドラ「旅路」の脚本家としてです。「旅路」は大人気だった「おはなはん」のあとを受けて始まった朝ドラで、視聴率的には「おはなはん」よりも高くて、「おしん」に次朝ドラでは歴代2位ということです。
このドラマのあと平岩はTBSに移り、石井ふく子プロデューサーと組んで「肝っ玉母さん」や「ありがとう」の脚本を担当しています。「肝っ玉かあさん」は「旅路」のときの出演者長山藍子が朝ドラ後初めて民放のドラマに出て、「旅路」で主役をやった色ともゑよりも人気になりましたね。肝っ玉かあさんは何シリーズか続き、そのあと「ありがとう」へと続きました。ありがとうでは水前寺清子の母親役の山岡久乃の肝っ玉かあさんとは180度ちがう役柄に私は戸惑いました。

この2つのドラマがTBSのファミリードラマとして非常に印象が強く、そのあと平岩弓枝はTBSから離れますが
平岩弓枝と石井ふく子の確立したスタイルが橋田寿賀子に引き継がれ、平岩と橋田の作品の違いを見分けづらくしています。あの「渡る世間に鬼はなし」のメインの場所の設定がラーメン屋と言うのは肝っ玉かあさんのそば屋というのに似ているし、私は最初の頃「鬼渡」も平岩の作品かと思ってしまいました。

驚いたのは平岩がTBSの次に日本テレビでまったく毛色の違った作品の脚本を書いたことです。
まずは昼ドラの愛のサスペンス劇場で「青い幸福」という作品を書き、翌年本格的なミステリーで犯人は最終回まで出演者にも知らせないと言うことで話題になった「青い華火」でした。肝っ玉かあさんの作者がこんなものまで書くのかと驚いたものです。

その後平岩はフジテレビに移り女シリーズを書いています。
多岐にわたっていますが、やはりわれわれの世代は「肝っ玉かあさん」「ありがとう」が印象に残りますね。
[PR]
d0000995_852101.jpg


「ボクは女学生」はフォーリブスのリーダーだった北公次が主演した連続テレビドラマです。なんか題名からは女装好きな学生の話し見ないな感じがしますが、そうではなくひょんなことから、女子高に通うことになった
男の子の話だったと思います。フォーリーブス人気が手伝ってか、視聴率もそこそこ良かったようです。
このドラマにはなんとNHKの朝ドラに主演する以前の大竹しのぶが出ていました。この時は別になんとも思わない女の子でしたが、今のように大女優になるとは夢にも思いませんでした。
北公次はこのあと「ボクは恋人」にも主演しましたが、ドラマから引っ張りだこになることもなく、フォーリーブス解散とともに消えていきましたね。
そして先日63歳と言う若さで(アイドルだったので年取ったと言うきがしますが)他界されました。

合掌
[PR]
70年代に放送された渥美清主演のドラマに「ヨイショ」と言うタイトルの番組がありました。それまでの渥美清のトラさんのようなイメージから外れた作品にしようと、この作品では渥美清はデパートのレストランの主任の役でいつも背広を着ていました。なんと脚本は山田太一だったのですね。

コメディぽい作品でしたが、シリアスなテーマも潜んでいて、正直それほど面白とは思わず、しかし私はこの番組を見ていました。

ドラマの中にひとつ、とても気になるキャラクターが居ました。それが今福正雄の演じていた渥美清の父親役でした。彼は会社を引退して、家でごろごろしているような役でコミカルな感じもして不思議な存在でした。彼の妻、つまり渥美の母親役は賀原夏子が演じていました。この両親の関係がよく理由がわからないのですが、お互いに会話をしないという不思議な関係で、父親は母親を避けているようなところがあり、何か問題を抱えているような感じでした。でも詳しい説明はなく、母親は会社を退職してから変になったと、退職が退職がひとつの原因の様と思っているようでした。この夫婦の問題は何なのかわからずでも、ストーリーのメインではないので毎回メインのストーリーにこの夫婦の問題は隠れていました。
d0000995_05343100.jpg


それが最終回近くに初めて彼ら夫婦の問題がはっきりしました。その問題は一見些細な事でしたが、父親にとってはかなり重大な問題でそのリアルさにその時初めてこのドラマはすごいと思いました。それは渥美の父親が会社を退職した時、母親が何気なく言い放った言葉で、その言葉が父親にとっては今までの家族のために働いてきた事を否定されたと感じられ、かたくなに妻とは心を閉ざして閉まったと言うのです。
いままで飄々としてなんとなく居た父親にそんな重い問題があったとは驚きました。
そしてそれまでの行動の意味が初めて理解できました。
実際に関係にも言った本人は何の悪気のある意図はないのに、言われた相手は非常に傷つくという事があります。そういう問題を26回かけてドラマの片隅に秘めていたドラマに感服しました。

私にとっては「ヨイショ」は渥美の作品と言うよりこの父親を演じた今福将夫の作品として記憶に残っています。

このドラマを思い出し、このブログも「どっこいSHOW」から「ヨイSHOW」に変えようかとも思ったりしました。
[PR]
このブログの読者で覚えている人が居るでしょうか。
まさか本当に「私だけが知っている」と言う事はないでしょうね。私と同じかちょっと年配の方なら覚えているかもしれません。NHKで放送されていたクイズ形式のミステリー番組を。
d0000995_0243533.jpg


「私だけが知っている」は15分ほどのミステリードラマがあり、残りの12,3分がゲストなどの回答者がドラマをみて犯人は誰かを予想する、本格的な推理のクイズ番組でした。
土屋隆夫、鮎川哲也、笹沢佐保、夏樹静子などまだいま思えばそうそうたる、後に有名になるミステリー作家が脚本などを担当していました。ただ本当に面白い話やそうでもない話もあったと記憶しています。
今また見てみたい番組ですね。
[PR]
d0000995_1744479.jpg


当然ですが、「冒険ダン吉」をリアルタイムでこの作品を知っているわけではありません。私は年は年ですが、それほどの年ではありませんので。

これはオリジナルは昭和8年から昭和14年に(つまり戦前)、少年倶楽部(カタカナのクラブではない)に連載されたそうです。
しかし、何でそんな古い漫画が記憶にあるのかと思ったところ、実は1959年にNHKで人形劇化されてTV放送されていたのです。そういわれてみると、見た記憶があります。それで、そんな漫画があったときおくにあったのかと思います。NHKで放送が終わって2ヶ月位して、日本テレビで人形劇団ひとみ座による人形劇が放送されたそうです。これがNHKの続きなのかは私にはわかりません。
ただ「チロリン村とくるみの木」もNHKのあとフジテレビに移って放送されたという事があるので、可能性はありますね。
Wikipediaによると正確には漫画というより絵物語と言うべきもので、絵とお話(文章)によって物語が進めらていく形のものだったようです。

戦後は人種差別的な表現や侵略主義的な表現で批判される事もあるとか。しかし子供だった私にはそんな感じは受けず、たのしい冒険物語だったように記憶しています。ダン吉のように南の島に行って冒険したいと単純に思ってました。

編集再掲載
[PR]
きょうも話題が無いので、私の他のブログに昔書いたものを、編集して掲載します。手抜きです。

d0000995_12495739.jpg


この番組はNHKの「おかあさんといっしょ」の中で放送された人形芝居(人が中に入っている)です。
1960年から1967年までほうそうされました。
小学生のころ、学校が早く終わらない限り見られない時間に放送していたので(再放送)
間に合いそうな時は一目散に家に帰ってちょっとでも見ました。
黒柳徹子、大山のぶ代、三輪勝恵が3匹の子豚の声を担当していました。個人的には黒柳徹子がやっていたフーという豚が好きでした。

後年この「ブーフーウー」と言うのは
英語で泣いている時の声を表す言葉だと知りました。
それまではずうっとこの番組のために作られた言葉だと思ってました。
[PR]
d0000995_17125324.jpg


色々なメディアで取り上げられた、この作品はラジオドラマとして最初に登場しました。その後映画、テレビと何度も映像化されているので知っている読者は多いでしょうね。この作品はメロドラマの王道の作品です。

私が最初に見た「君の名は」は、1962年から1963年にかけて、フジテレビでドラマ化されたものです。
主演は若き日の津川雅彦と北林早苗でした。この二人のハンサム俳優と美人の女優を見たのもこの作品が初めてだったような気がします。この作品でこの二人の俳優の名を覚え、これ以降彼らが出演する作品に興味を持ったものでした。会えそうで会えないすれ違いの二人の運命にやきもきしながら、見ていた記憶があります。でも63年頃って小学生の低学年ですよね。ませていたのかな?
津川雅彦の適役で田口計が出演していたと思います。
田口計は声優としても活躍していました。そうそう、どうでもいいけど、私は田口計さんと誕生日が同じです。
楽しみにしていたドラマでしたが、何かの理由で後半は見れなかったような記憶があり、話がどう決着が付いたのか謎のままです。

(他ブログより編集記載)
[PR]
d0000995_16235157.jpg


滝口順平さんがお亡くなりになったそうです。
正直言って、子供の頃この人に声をアニメや、洋画でよく聞いていましたが、癖のある声で個人的にはあまり好きではありませんでした。やはり子供だとすっきりした美声が良かったのでしょうね。それでもこの10数年は味のあるナレーターとして、活躍し私は「ぴったんこカンカン」などのナレーションは好きでした。
でもこの人でまず最初に思い出すのは、私にとっては「ひょっこりひょうたん島」のライオンの声ですね。

d0000995_16293961.jpg


ご冥福をお祈りします。
[PR]
昨日の英会話の番組を書いていて思い出した番組があります。
ひとつは英語会話初級の後に6時半からやっていたみんなの科学という科学をテーマにした曜日代わりの番組で、その中に「科学史物語」という物がありました。
これはいろいろな発明や発見をした科学者とどのようにして、発明、発見がされたかを主にイラストで、つまり紙芝居風に物語を語っていくもので、科学者偉人伝の本を読んでいるような番組でした。その頃偉人伝みたいなものが好きだったので、この番組は大好きでした。また週によって異なったイラストレーターによって描かれる絵も楽しみな物でした。出来たらまた見てみたいものですが、無理でしょうね。

そしてもうひとつの番組が「4つの目」です。
「4つの目」とは『通常の撮影による「肉眼の目」、高速度撮影や微速度撮影による「時間の目」、顕微鏡や望遠鏡などによる「拡大の目」、X線撮影による「透視の目」を意味する。』というもの。

d0000995_13503072.jpg


高速度撮影や拡大撮影、X線撮影など使って見られる普段とは異なる、しかし通常にある物を見られてとても興味深い番組でした。のちに「ウルトラアイ」とか言う番組に衣替えがなされましたが、私は「4つの目」時代の番組が好きでした。
[PR]