カテゴリ:・懐古的旅行記( 113 )

さていよいよ帰るときが来ました。
帰国前に J はどうせあまり荷物がないようだから、これをもって帰ってくれないかと
わりと大きな品物を出しました。そう重くはないけれど、持ち帰るにはちょっと荷になります。 J が帰るまで預かっておいて欲しいと言うのです。どうも自分で持ち帰るのは大変なので私に日本まで運ばせるつもりです。とんでもありません。S の提案をあんな形で拒絶したのに、持ち帰る気はありません。丁寧に断りました。

また、私がこれからは一人で好きなように行動させてくれと言ってから、J は憤慨して
「じゃあ、帰るときは自分で勝手に空港まで行ってくれ、見送りには行かないからね」
と言ってました。それは私も望むところ。その方が清々すると思っていたら、
帰国の前日になって
「明日、空港まで行ってやるよ」
と不機嫌そうな顔で言いました。やっぱり淋しいのか?
とにかくヒースロー空港まで付いて来ました。
とにかく世話になったし、空港のカフェでコーヒーいっぱいおごって
J にさよならを言って搭乗ゲートへと向かいました。
これで J との関係は終わりで、もう2度と世話になることもすることもないだろうと思いました。


・・・・とその考えは甘かったですね。


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d0000995_1620364.jpgロンドンに来たからには、やはり劇場でショーを見たいものだと思いました。
ミュージカルが好きなので、どんなものがあるかと調べてみると
「チキチキバンバン」や「フルモンティ」がありました。「チキチキバンバン」は興味があり
見たいと思ったのですが、ロンドンで始まったばかりで評判が分からず
ちょっとためらいました。それで「フルモンティ」にしようとチケットを買いに行きましたが
不評だったのでしょうか、予定より早く興行が終わっていました。
さてどうしたものかと、劇場のあるあたりを巡ると「レ・ミゼラブル」「マンマミーヤ」などが
公演されていました。レミズは日本で2回見たので、あまり乗り気はしませんでしたが
「マンマミーヤ」にして、その日のチケットを買いました。
帰りがけに、ある劇場に気付きました。そこはアガサ・クリスティーの「マウストラップ」を
やっている劇場でした。どうもその日のチケットがあるようでした。ロンドンに行ったらこれを
見たかったんだと言う希望を思い出しました。推理者の演劇で、一番長くやっているものでは
ないでしょうか。こちらにすればよかったと後悔しました。

その日の午後、 J がぜひあわせたい人がいると言うのでロイヤル・アカデミーで待ち合わせをしました。その人は芸術に興味もあるので作品をいくつか持ってくれば買うかもしれないといわれました。しかし、先日の事もあるので J に作品について何とかしてもらう気はなく、またポとフォリオを持って歩き回るのは面倒くさかったので持って行きませんでした。
ロイヤル・アカデミーに行くと J が待っていました。作品を持ってきたかと聞きました。持ってこないというと、何故持ってこなかったのだ、作品を売るチャンスなのにと責めるように言いました。
約束の時間になりました。 J の友人は現われません。15分ほどして J が心配になり公衆電話でその友人に電話しました。いないので家は出ているようでした。携帯を持っていることを思い出し、携帯に電話しました。すると何処何処まできているから、後何分で行けるということ。
そして30分待ちました。まだ J の友人は現われません。携帯に電話しましたが、通じないと言うことでした。しかし、来ると言ったので必ず来ると思い待ちました。結局2時間くらい待っていましたが、J の友人は現われませんでした。作品を持ってこなくて正解だったと思いました。しかし、またしても何か出来た2時間を無駄にしてしまいました。
私の印象では J と約束したけど面倒くさくなって止めてしまったようでした。 つまり J は友人と思っているけれど、その人にとっては J はさほど重要な関係にある人ではなかったようです。

「マンマミーヤ」は期待していなかっただけに、案外楽しめました。観客も最後には歌い踊っていました。
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S の見送りをするために5時半頃に起き、6時の待ち合わせ場所へと急ぎました。急いで出て来たので7,8分早く待ち合わせ場所の地下鉄の駅まで着きました。ところがその地下鉄の駅は週末は閉鎖される駅でした。 J はそのことを知るとパニックになりました。時間より、早く着いたのに、なぜか「S がここに来て、地下鉄の閉まっていることに気付き飛行機に乗り遅れないように、我々を待たずウォータールー駅から空港に向かった」と思い込んだのです。思い込むとなんと言っても聞く耳を持たない J です。私が後7,8分待てば来るだろうと言ってもダメです。さっさとウォータールー駅目指し既に歩き始めました。

空港に着くと、S の乗る航空会社のところへ行きました。当然まだ S は来ていませんでした。地下鉄で来るだろうからと駅方向をずっと見つめていました。それでも不安になって一人が見張りに、もう一人があちこちの飛行機会社を見て回りました。

しかし結局会えずに、何しにいったんだろう早起きしてと言う感じでした。
この騒動で私の半日は奪われてしまいました。

午後は J を置いて一人でテート・ギャラリーなどを見てまわりました。ターナーの部屋がありターナーは好きなので良かったですね。

夜 S から電話で地下鉄の駅でしばらく待ったが来なかったので、飛行場へ言ったと電話があったそうです。やはり時間どおりに駅に来て、10分ほど待っていたとの事。
どうも空港では人ごみですれ違ってしまったようでした。

全くあの時7,8分待っていればと思いました。
J は「どうも、思い込むと他の事が耳に入らないんだよな~」と笑っていました。
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d0000995_21102059.jpg昨日の事があるので、私もきっぱりと言う勇気がでて言いました。
「せっかくの旅行だから、今日からは自分の好きなところへ行きます。ガイドはありがたいけれどもっと自由に動き回りたいので好きなようにさせていただきます。」
不満そうな J でしたが渋々納得しました。しかし午後には大英博物館を見せたいと言うので興味あるのでいっしょにいくことにしました。
それでも午前中は自由にバッキンガム宮殿、ピカデリーサーカス、ギャラリーなどを見て J フリーの時を過ごすことが出来て満足でした。

大英博物館では東洋美術品の展示のあるところを中心に見てまわりました。

夕方、 S と落ち合うためにコベントガーデンで待ち合わせをしたのですが、 日が暮れてからコベントガーデンにあまり来たことのない J は道に迷ってしまいあちこち歩き回りました。ようやく約束の場所を見つけて、無事 S に会うことが出来ました。 J と S のお気に入りのトレンディなレストランに連れて行ってやると言われ、期待しました。確かに人気があるのか店の外に長い行列が出来ていました。 S が予約を取ってあったので店の内部には早く入れましたが、やはり待たなければならない状態でした。
その店はどうも若者中心で、やかましい音楽が流れ、店のデコレーションはなんと言うか、工場のような感じでした。相当やかましく中で会話するのも難しいくらい。やがて本当のレストランの中へ導かれました。そこは地下で天井が低く、やかましさは待っていたところよりうるさいくらい。
混んでいたので、他の客と相席のような場所に案内されました。近くにクーラーがあり冷たい空気が直接あたってきます。トレンディが何かしらないけれど私には最悪のレストランと思われました。怒鳴りあって会話をしなくてはならず、何故このレストランを J と S が好きなのか全く理解できませんでした。食べ物もたいしたことはなかったと思います。とにかく、やかましいと言う記憶だけが残っています。

J がトイレに行ってみて面白いからと言ったので、丁度用足しに行こうと思っていたので行ってみました。トイレのドアをあけて中にはいると、特に変った感じでもありません。シンプルで無機質な印象で、やはりどこかの工場の中のトイレと言う感じでした。さて、用が済むと突然若い男が近くに立っていました。何か一言叫ぶとその男が白いものを投げつけてきました。驚いて反射的にそのものを受け止めました。それは手を拭くためのお絞りでした。 J が面白いと言ったのはこのことかと思いました。チップをこの男に上げるべきか迷って、結局あげずにでてきました。

もうしばらくレストランの喧騒に耐え、やっとレストランを出ました。全く耳鳴りがするような場所から出られて、一息つきました。

この後007の映画を見て帰途に着きました。

J は明日 S がスウェーデンに帰るので朝早く起きて空港まで見送りに行くと言いました。どうぞ見送ってきてくださいと言おうとすると、お前も一緒に来いと命令するのです。何故私まで行かなければならないのかわかりません。しかし、理屈もへったくれもなく、 J の勢いに負け早起きして S の見送りに行くことになってしまいました。
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d0000995_20504550.jpgウォータールー駅に着き、単純に改札を出れると思っていたら、イミグレーションがありました。フランスではなかったのに何故と思いました。ここで「何しに来た?どのくらいいるのか」と言うような質問をぶっきらぼうに疑い深い態度で質問され、気分が悪かった。

パリ3日間と言う短い滞在には、一つには J の強い要望で金曜日には帰って来いと言う半分命令のような言葉があったからです。 その当時仕事でスウェーデンに行っている J の親しい友人が帰ってくるので、ぜひ会わせたいから金曜の夜には戻ってきて欲しいと言われていたのです。夕食の用意をして待っていると言うことでした。

フラットにつくと J の友人の S はまだ来ていませんでした。電話で後30分ぐらいしてこちらのやってくると言うことでした。わたしは急いで着替えをして、S の来るのを待っていました。

S は思っていたより話しやすい人でした。 J の作った夕食を三人で食べながら和気あいあいと会話を続けていました。やがて J が私がリトグラフ作品を持ってきていたので、S に見てもらったらどうかといいました。 S に私が才能のある版画家だと嬉しくなるようなことを言ってくれます。その言葉につられ、ロンドンのギャラリー回りをして見せる予定だった数枚のリトグラフをS に見せました。自分で言うのもなんですが S は私の作品をかなり気に入ってくれたようです。 J は1枚ぐらい買ってやっても良いのではないかと笑って言いました。 J は今はスウェーデンで仮住まいだから、飾るところがないからとやんわり断りました。 しかし、私の作品を確かに気に入ったと見えて、「これはかなりの作品だから、どこかのギャラリー必ず興味を示すと思うな。どうだろう J 、 もしこの作品を預けていってくれたら我々がギャラリーを回ってあげたら良いんじゃないか」 J のほうを向いて S が言いました。
私はその提案に喜び「本当ですか、そうしてくれます?」と言おうとしました。その時、


「いやだよ!」


びっくりするような強烈な拒否の言葉に、それを言い出した S も驚いて固まってしまいました。
「こんな男の作品なんて見せられるようなもんじゃない。全然なってないよ。とんでもないよ。ギャラリー周りなんてやってやれないね。」
さっきまではあんなに持ち上げていたのに、突然この言葉。これが J の本心だったのか。私はわなわなと怒りが込み上げ、引きつりそうになる顔を抑えるのが精一杯でした。
S もじぶんの言葉がこんな事態になるとは思わずたじろぎながら「どうしてだい。いい友達なんだろう」となだめるようにいいました。
ところが J はいまいったことも忘れたかのように「それよりさ、これうまいだろう」と平然として食べ物の事に話題を変えていきました。
私はこのとき初めて J の誘いに乗ってロンドンに来たことを後悔しました。私もその場をつくろって平常心で話しを続けましたが、これで J との関係はこの旅で終わりにしようと決心しました。
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d0000995_2333264.jpgさてパリの3日目、最後の日になりました。短い滞在で、行きたいところもたくさんあったのですが、本当に見たいところだけの滞在でした。
やはり最後はルーブル美術館へ行きたいと思いました。今パリの地図を改めてみるとルーブルは A のアパートからそれほど遠くないことが判ります。ポンピドー・センターも近いところにあります。もうちょっと時間があれば、徒歩でもいけるところがたくさん会ったのだなと思います。

ルーブルのガラスのピラミッドが有名ですが、写真で見たときに何かわかりませんでしたが、チケット売り場などが地下にありその明り取りのような役目をしていたのですね。
NYのメトロポリタンもそうですが、こういう大きな美術館はコレクションがたくさんあってそれを見られるのは良いのですが、大きすぎて、広すぎてみて回るのが大変です。初めてだと何処にどの有名な絵があるのか探すのも一苦労。あまり時間のなかった私は目当ての作品を決めて、その作品を目指して、歩き回りました。

さすが芸術の都パリ、アメリカの美術館との大きな違いは、館内で許可をえて有名画家の作品のコピーなどが出来ると言うことです。イーゼルを立てて、館内のあちこちで作品をコピーしている人がかなりいました。昔はコピーすることによっていかに描かれたかを学んだものです。

ルーブルには日本人もたくさんいて、日本語の話し声が何処に行っても聞こえてきました。
短時間のうちにたくさんの作品を見るというのは大変なことで、しばらくして私は目から頭にかけて痛みを感じるようになりました。また近いうちにパリに来て、もっと時間をかけてみればいいかと思い、2時間ほどでルーブルを出ました。

こざっぱりしたレストランで遅い昼食を食べ、パリの街をちょっと歩き回りました。そしてアパートに帰り、しばらく休みました。
名残惜しい気持ちで、午後5時43分のユーロスターに乗り、ロンドンへ向かいました。
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パリの2日目の朝が来ました。
まず朝食を外で食べようと、近くのAの行きつけのカフェにいきました。コーヒーとパリの朝食ならクロワッサンかと、クロワッサンをいただきました。しばらくAは新聞を読み、私はガイドブックなどを見たり、道ゆく人たちを眺めながら、ああ、ぱりにいるんだな~と言う実感を味わっていました。
朝食後まず最初に私は銀行にいきたいとAに告げました。実は J に頼まれたことがあったのです。J は以前フランス旅行した際のフランを少しばかり持っていました。その当時既にヨーロッパではユーロが通貨として流通していたので、フランは地代遅れの通貨でした。フランスの方がたやすく交換できると思ったのでしょう、J はどうせパリに行くのだから換えてきて欲しいとのたまったのでした。全く行くからには何かしてきて欲しいと、ただでは行ってこさせない J の執念のようなものを感じましたね。 A は大きな銀行へ案内し、私はわずかばかりのフランをユーロに換金をしました。
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朝は日が出ていて良い天気になるのかと思っていましたが、だんだんうす曇になり肌寒くなってきました。とにかくエッフェル塔に行ってみることにしました。この日は近くまで歩いていきました。登って見たいかと聞かれましたが、長い列が出来ていたのと、特に昇ることに興味がなかったので、真下や周りを歩いてみただけで満足でした。そして、今度はセーヌ川を渡り前の晩に来た高台のところまで行きました。右の写真はセーヌを渡ったところ、セーヌ川の欄干に腰掛けています。

昼食後、凱旋門のあるシャンゼリゼへと向かいました。
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凱旋門の上に人影が見えたので上に上れるんだと思いました。上ってみようかと思いましたが、 A が上まで階段で大変だと言ったので風が冷たい日だったのであきらめました。シャンゼリゼはここからまっすぐ伸びていました。やはりかなり広い通りでした。
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しばらく寒い中をウィンドー・ショッピングして歩きました。

次に行ったのはオルセー美術館です。ここは変っていて元鉄道の駅を改築して出来た美術館です。
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ここにはいいコレクションがあります。私にとって印象的だったのクールベの「オルナンの埋蔵」(Burial at Ornans)でした。これほど大きな作品だとは思わなかったので、驚いたものです。横が6メートル強と言う大きさでした。
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アメリカ人の旅行者が大勢いてがやがやとうるさかったと言う印象も・・・・。
確かに芸術の都パリ。美術館にはいいコレクションがたくさんあると思いました。
外に出るともうあたりは暗くなっていて、イルミネーションが輝く通りを歩くのはとてもいい感じでした。
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d0000995_2231555.jpgユーロスターを降りて、A のアパートに行くために地下鉄に乗るために切符を買おうとしたら、すでにAが数枚の切符を買っていて、これを使うようにと私に渡した。私はA切符代を払おうとするとパリに滞在中は私の招待だ、金は心配するなと言われる。結局私はパリでは一銭も自分のお金を払いませんでした。

昼時だったのでAのアパートに行く前にAの行きつけのレストランに行きました。女性がシェフをしている小さなレストランでした。ボリュームがありましたが、かなりおなかが空いていたのでほとんど平らげましたが、さすがにデザートまでは全部食べられませんでした。

アパートは4階でしたがエレベーターがついていない古い建物でした。しかし階段は緩やかで上りやすく、それほどは大変ではありませんでした。工夫されて作られていたのですね。写真はアパートの窓です。お土産に私のリトグラフをあげると喜んでいました。実はすでに一枚AはNYのギャラリーで買って持っていました。朝早く起きたのと3時間の列車の乗車で疲れていたので3時間ほどここで休みました。

冬の事で日が早く沈むのであたりは薄暗くなり始めていました。しばらく近所を歩き回ってから、知っている日本レストランがあると言うので、そこへ行きました。かなり混んでいましたが、ほどなく二人分の席が取れ、案内されました。何を食べたかは覚えていませんが、注文して出された物は純日本食ではありませんでした。A は従業員を良く知っているらしく親しげに話し掛けていました。

さてその後地下鉄でまずルーブル美術館のあると事へ行って見ました。もちろんもう既に閉まっていましたが、夜のルーブルも普段は見られないので良かったですね。
その後エッフェル塔が良く見える高台へ向かい遠くにイルミネーションに照らされた夜のエッフェル塔はまた格別の美しさでしばらくそこにたたずんでいました。
また明日、明るい時に連れてきてあげると言い、その日はそれでパリ観光は終わりました。
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ユーロスターの駅はウォータールー駅にあり、 J のフラットからはそう遠くはありませんでした。外国へ行く列車の駅と言うことで、ユーロスターの駅の周りはちょっと空港のような雰囲気もありました。Eメールを送れる端末機などもいくつかありました。
改札口に行くにはエスカレーターで下へ降りなければなりません。ウォータールー駅自体が階段を上っていくので、ユーロスターは実は1階だったのかもしれませんね。

8時23分のユーロスターに乗る予定だったので、8時に A と駅で待ち合わせしました。ちょっと早く着きましたが、もう A は駅にいました。一緒にエスカレーターで1階に下り、改札を通り抜けます。空港のように金属探知機を通ったように思います。
出発まで時間があったので、構内のカフェでモーニングコーヒーを飲んで時間をつぶしました。
席は指定席だったように覚えています。が空いていたので問題はないだろうと隣同士の席に腰を下ろしました。ゆったりとして乗りごこちのいいシートでした。やがてユーロスターはスムーズに走り出しました。アナウンスが英語行われ、次にフランス語でされました。さすが2国間を走る列車だと思いました。これがフランス側に入るとフランス語が先に流され、次に英語になりました。
窓からの景色もイギリスを走っている間は霧が深くあまり景色が見えませんでしたが、トンネルを抜けてフランス側に入ると晴れ渡った青空でのんびりとした田園風景が見られました。
時刻表によると8時23分に出発して12時23分にパリに着くと言うので4時間かかるのかと思いましたが、1時間の時差があるので3時間でロンドンからパリに到着したと言うことになります。
イギリスからフランスに着たので、イミグレーションか何かが駅にあるのかと思っていたら、何もなく普通に駅を出ることが出来ました。なんとなく拍子抜けした感じでした。
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d0000995_22284976.jpgA との約束は昼だったので、朝はゆっくり過ごしました。少し一人で朝の散歩などにも出かけて 鼻につき始めた J との距離をおくようにしていました。

さて、A に会うために出かけようとすると、な、な、なんと J もついてくると言うのです。何の用があってついてくるのか? どんな人なのか見てみたいという好奇心からでした。特に断る理由も見つからず、しかし邪魔だと思いました。
場所はトラファルガー広場に面するナショナルギャラリーでした。2年くらい会っていなかったのですぐわかるかと思っていたのですが、ナショナルギャラリーまで行くと待っている A にすぐ気付き、向こうも私を認知しました。私がそばにいた J を紹介すると迷惑そうな顔一つすることなく丁寧に挨拶しました。図々しい J は早速たどたどしい英語であれこれ質問をし始めました。 とにかくナショナルギャラリーを見学しようと私は促し、中にはいっていきました。
このギャラリーのコレクションのすばらしさには驚きました。しかも入場料が無料と言うのが信じられませんでした。日本だったら相当な入場料を取られそうな作品で壁面が埋められていました。こんなに凄い美術館だとは知りませんでした。これはまた一人でじっくり見たいと思いました。
J や A の事も考えてさっと一回りして、昼食を一緒にとろうと言うことになりました。ナショナル・ギャラリーの近くを歩いてレストランを探し、そこでちょっと遅い昼食をいただきました。私はあまり個人的なことを聞くのは失礼だと思っていて、実はこのときまで A が何をしている人か知らなかったのです。フランスとイギリスを行ったり来たりしているので貿易か何かの商売と勝手に想像していました。 無遠慮な J は好奇心から「あなたは何をしている人ですか?」と私も聞きたかった質問をしてくれました。すると J は俳優をやっていると淡々と答えました。俳優と言っても大きな役をやるような人ではないようです。しかし、今まででた映画の題名を聞くと「インディアナ・ジョーンズ」「007」「屋根の上のバイオリン弾き」などと言う、そうそうたるタイトルがあげられました。全く驚きでした。また2001年に小沢征爾に依頼され日本で何か仕事をしたといって、その時のパンフレットを見せてもらいました。話の話題は A の仕事についてしばらく続きました。私はこの時パンフレットに書いてあった A の名前を覚えました。それは私に知らせていた名前ではありませんでした。芸名を使っているのだと知りました。興味があったので帰国後インターネット・ムービー・データベースで検索してみました。かなりの数の作品に出ていました。イギリス、フランスのTVドラマは元よりアメリカのTVドラマにも出ていました。

昼食が終わると J がではここで失礼すると言ってやっとの事私を A と二人にしてくれました。私は A と近くを歩き回り時間を過ごしました。そして次の日にユーロ・スターで一緒にフランスへ行くための打ち合わせをして、別れました。
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