カテゴリ:・懐古的エトセトラ( 5 )

オフコースのファンになった70年代後半、テレビのCMの歌をまだ無名だったオフコースがかなり担当していることに気づきました。
その頃聞いて印象深かったCMソングがYoutubeにありました。懐かしい歌です。こういった歌が残っているとは思いもかけず、しかもいくつかはフルコーラスちゃんとあるとは驚きました。
特にこの3つのCMソングは強く記憶に残っています。

全日空の秋の旅のキャンペーンソング「秋の旅」

 

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私が小学校の3年生か4年生の頃でしょうか、コーンフレークと言う食べ物が日本でも紹介され始めました。このコーンフレークと言うものに牛乳をかけて、朝食として欧米では食べているという。日本もそういう食生活をはじめようと言うようなCMでした。
そのCMをはじめたのはシスコ製菓という会社でした。
シスコ製菓はコーンフレークを広めるために、ある戦略を考えたようです。それは子供の心をかむと言うもの。まず初めにこのコーンフレークに可愛いキャラクターをつけて売り出すと言う事でした。そして出来たのがこの「シスコン坊や」でした。
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インディアンの子供と言う設定でしょうか。なぜインディアンなのかは不明ですが・・・・。
しかしそれだけでは十分でないと考えたのでしょう。このシスコン坊やを主人公にした漫画を作る事にしました。それが藤子不二雄の「シスコン王子」でした。
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コーンフレークの名前は「シスコーン」でしたが、「シスコン坊や」とキャラクターが呼ばれていたので「シスコーン王子」ではなく、「シスコン王子」というタイトルになったのでしょうか。

さらにこのキャラクターはクレイメーションによる人形アニメになりました。その番組は漫画とはタイトルが異なる「進めシスコン」でした。
とにかくこの商法は成功したようで、一時シスコーンはかなり売れたようです。私も買いました。しかし、ご飯になれていた私にはこれが朝食になるとは思えませんでした。

時が流れ日本でもこのコーンフレークが「シリアル」と呼ばれるようになり、ライフスタイルの変化とともに朝食として受け入れられているようです。
今では私もシリアルが好きだったりします。あまり食べませんが・・・・・。
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d0000995_17211973.jpgニューヨークで出合った統一教会のジョージとは住所を交換しました。信心かぶれしていないような人だったのでとても好感が持てたためでした。旅行から帰って2ヶ月ほどした頃、左の写真2枚を同封した手紙がジョージから届きました。上の写真の赤いセーターを着て座っているのがジョージです。パーモントの教会員の仲間のようです。このグループ内には日本人が2人と日本人との混血の人が一人いたらしく、日本人である私に興味を示したのではないかと思いました。確かいくつかの日本語を彼は知っていたと思います。この写真でもgeorge sanとかAra sanとかボールペンで名前が書いてありました。

手紙は残っていないのではっきりは覚えていませんが、NYで楽しかったと言うことと、近くに統一教会の支部があれば行ってみてくださいというような内容だったと思います。返事を書くともう一度返事をもらって、そのまま途絶えました。
私が統一教会へ行くこともありませんでした。

それから10年ほど過ぎたころ、突然ジョージから手紙が日本の住所に届きました。当時私はアメリカにいて、両親から外人から手紙が届いていると聞き誰からだろうと訝ったものでした。
帰国してからその手紙を読みました。
彼の現在の写真とあれからいろいろなところへ布教のため移動したと言うことと東洋人と結婚したと言うような近況が書いてあったと思います。当然例の合同結婚式だったのでしょう。一応礼儀として返事は出しましたが、私の返信に対する返事はなく現在にいたっています。
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昨日の「ララミー牧場」でスポンサーのバヤリースオレンジの事を書いて他にいろいろと思い出したこともあり、調べてなるほどと思うような話も見つけたので書いてみます。

わたしの小学生高学年までは田舎でコカコーラとかはまだ見掛けもしない飲み物でした。テレビでよく宣伝していたのがオレンジジュースだったようです。


d0000995_11501915.jpgこれが今でも自動販売機などで見かけられる缶入りバヤリースオレンジです。私の子供の頃は缶より瓶入りのほうがポピュラーだったように思います。
現在はバヤリースオレンジ10、 50、 100 と果汁のパーセントによって名前が分けらているようです。バヤリースオレンジ10というのがわれわれが飲んでいたのと同じもののようです。

1938年にフランク・バヤリー(Frank Bireley)が、果汁の香りや風味を損なわない殺菌法を発明し、彼の発明した製法によって作られたということでバヤリースと(Bire-ley's)命名されたとの事。
ここで注目して欲しいのは、バヤリースは「バヤリース・オレンヂ」と命名してジュースという名称はつけませんでした。これは100%果汁でないとジュースとは呼べないとして自らジュースという言葉は避けていたということです。日本では1968年に業界で表示問題が起き果汁100%でなくてはジュースという表示をしてはいけないことになりました。他のオレンジジュース業者はこの法律のために名前を変えざるを得ないものもでてきましたがバヤリースは自己規制があったのでまったくこの影響は受けませんでした。
またバヤリースは人工甘味料を使わず砂糖を利用していたので、バヤリースの空き缶にだけはハエがたかってたという話もあります。

また、「バヤリース・オレンヂ」という表記だったものを「バヤリース・オレンジ」と変えたのは1987年だったといいます。上の缶の写真を見てください。ジュースを飲んでいるオレンジ顔、これは「バヤリース坊や」という名前があるそうです。

d0000995_126168.jpgバヤリースと肩を並べていたオレンジジュースというとこのリボンちゃんのマスコットで有名なリボンジュースがあります。このリボンちゃんを使ったアニメのCMはなんとなく覚えていますね。
リボンジュースではもう一つ私の気になった飲み物がありました。それが「リボンシトロン」でした。「シトロン」などというよくわけのわからない言葉ゆえ子供としてはどんな味の飲み物なのかととても興味を持っていたように記憶しています。そしてついにそれを手にしたとき、サイダーのことだとわかりました。




d0000995_12135438.jpgそしてサイダーといえば何といってもこれ、三ツ矢サイダー。私たちが子供の頃はそう普段飲める飲み物でもなかったように思います。誰かお客さんが来たときにおもてなしに出すとかそんな感じだったような気がします。瓶入りを兄弟で分けて飲んだりして、一人で全部飲みたいとよく思ったものでした。

現在は本当にいろいろな種類の清涼飲料水やジュースがあり日本のスーパーでその種類の多さに驚きます。それに比べるとアメリカの種類は割と少ない気がしますね。一つの飲みものに対してのパラエティーはダイエットとかカフェインフリーとかありますが全体的に日本の種類の多さには負けている感じがします。
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われわれの世代は第1次怪獣ブームと呼ばれる時代に育ちました。
東宝映画はゴジラに始まる数々の怪獣映画を作っていましたが、テレビ世代が
ウルトラマンやマグマ大使に熱中し、怪獣ブームと言われる時代がやってきました。

ブームの時はまさに猫も杓子も怪獣、怪獣でした。
先に述べた東宝と大映の「ガメラ」「大魔神」などが映画界では牛耳っていましたが
このブームに遅れてはならじと(?)
怪獣映画とは程遠い日活、松竹まで怪獣、特撮物に手を出しました。

d0000995_12341029.jpgまず松竹が「宇宙大怪獣ギララ」なる怪獣ものを公開しました。
正面から見ると釜をひっくり返して赤いピンポン玉を目玉につけたような頭に
ゴジラの身体をくっつけたようなギララ、可愛げがあってわたしは好きでしたね(笑)。
ギラギラを縮めたような名前ギララもなんか可愛げがあるではありませんか。
私は映画は見たし、唄とダイジェストのストーリーの入っているソノシートまで
買ってしまいました。
d0000995_12344317.jpgこの映画ギララにはオープニングとエンディングの2つの歌が作られました。
ともに永六輔、いずみたくの作品です。
オープニングは「ギララのロック」(思わずギララがロックンロールを踊っている姿を思い浮かべぷっと笑いたくなるタイトル)でこれはボニージャックスが歌っています。台詞があり、台詞は映画の主演をやった和崎俊哉が語っています。
なんとなく詩も覚えています。

地球 僕たちの星
宇宙 僕たちの世界
未来 僕たちの明日
みんな僕たちのもの

こんな感じの詩でしたね。メロディを覚えていますので歌えと言えば歌えます。

さてエンディングが「月と星のバラード」と言うこれまたロマンチックなタイトルの
どこにギララと関係があるのかという感じの唄でした。
この唄はなんと倍賞千恵子が歌っています。
そして、私は好きですこの唄。
綺麗なメロディーで普通の恋愛の唄として問題なく歌える歌ですね。

月と星のかなた
遥かなあこがれに似て
行き着くことのない
恋を追う二人なの
あまりにもあまりにも二人は小さい
あまりにもあまりにも二人は小さい

こんな感じでしょうか?これも歌えます音痴ですが。
なお、ヒロインには西野バレエ団の原田糸子が出演し、若き日の藤岡弘(仮面ライダー)も出ていたそうです。

d0000995_12353431.jpgこれに続いて松竹は何を血迷ったか、ホラー物まで作りました。今日チャットをしていてこの映画思い出しました。シャンソン歌手の高英男が主演した
「吸血コケミドロ」
私はテレビでこの映画が製作されていると言う芸能ニュースを見て子供だったのでぜひ見たいと思っていましたが、見ることなく時が過ぎていきました。
とにかくそのニュースの画像で額が割れているメイクの高英男の不気味さがなんとも言えず子供心に印象に残りました。

大人になってからたまたまテレビでこれが放送されると知り、ぜひ見ようと思いました。
しかし、もうこの類の映画にはついていけませんでした。
話も幼稚だし、メイクも大人の目で見るとなんだかな~~という感じで、ちょっと見ただけで興味を失いました。
高英男もこんな映画に出なくてはいけないほど困っていたのでしょうかね。
グーグルでぐぐっても2件しか出てこなかったし、忘れ去られている作品?一応DVDは出ているようですが。興味ある人はどうぞ。
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